-49話 勇者とその一行 ④-
中隊長は荷馬車まで後退し、その影から様子を伺うように教会を睨んでいる。
馬車の影から盾が見えると、足元に矢が突き刺さるを繰り返した。
「矢が尽きないところを見ると、持久戦を想定してますね」
消息を絶っていた斥候が戻ってきて、鏃を丹念に調べている。
「ほら、見てくださいコレ」
鏃の先が鋭利な刃になっている。
しかも返しの刃もあって、引き抜くと入射角度に関わらず、傷口が大きく広がる仕組みになっている。
「人の考え得る最大の猟奇的な性格だなコレは。ポーションやエイテールが尽きるのを待っているとしか思えん! 糞、このシナリオといい何と底意地の悪い狙撃手だ」
やや憤慨してしまったが、横でトカゲを焼いている魔女を見ると心が濯がれた気分にもなった。
「交信で総長代理殿に連絡しておいた。近くに部隊も来ているらしいので、合流できれば――」
「そんなにあっさり、逃がしてくれますかね?」
皆が少し息を飲んだ瞬間だ。
王国騎士団も2割半の損害を出したが、以前として教会前から動かない気配だ。
「これがクエスト本来か?」
「だとしたら凄い抵抗ですよね」
「しかし、魔女殿のクラスアップって何なんでしょうね?」
中隊長はやや引きつりながら、焼かれたトカゲを食している魔女に視線を向けた。
彼女が手にした2本目は、中隊長に向けられている。
「えっと、これ美味しいですか?」
困った表情のアイコンが浮かび、彼女が微笑みながら『塩焼きですよ』と返されて何も言えなくなった。
ダークエルフの魔女は、天然だった。
◆
教会に隣接された鐘楼の塔に陣取った弓兵のふたりは、最近、考案された遠眼鏡で荷馬車の影に隠れる傭兵団を見下ろしている。ひとりは弟子で、彼は、国王に雇われたフリーランスの猟師だ。
「このまま、退いてくれないものでしょうか?」
弟子が零す。
彼が握っている弓は、機械式と呼んだボウガンだ。
またの名を石弓ともいう。
「すでに阻止せねばならなかった、勇者3人は教会に入ってしまった...本来ならばこれで、成果も無く帰還せねばならないが」
塔の眼下に横陣を組んだままの騎士団の姿がある。
「あいつらが何の理由で、冒険者と対峙しているのか興味が湧く」
「また、呑気な」
師匠の悪い癖だ。
プライドも高いし、仕留めそこなった獲物への執着度なんて尋常じゃないが。
とにかく自分が面白そうだと思うと、仕事を放り出して夢中になる、厄介な性格。
これを直せば、弟子の苦労は少し楽になる。
「先生、」
「なんだ?」
「血が...」
師匠の深い溜息が漏れる。
「またか...」
「私、休憩を...」
塔から離れようとした弟子の首根っこを掴む。
「こらこら、勝手に持ち場を離れるな!」
「え? でも、“おりもの”来ましたし?」
「だから、何だ? 職場放棄していいって話じゃ無かろう。お前がいなくなったら、儂は、一晩中起きてるのか?」
後ろめたい種を植えるようにじぃーっと視線をあてている。
「あー、でも、女の子日ですし...ムラムラしてきません?」
「いや、全く。儂、年増好きだし」
「あ、それ...ちょっとイラっとくる発言です。私、年頃ですよ! きっとモテる方ですよ!!」
弟子が不用意に立ち上がりそうになって、師匠は彼女を突き飛ばした。
「ぎゃ!」
「狙撃手が姿晒してどーする!!」
「酷いです、先生」
鐘楼で頭を打ったので位置は知れ渡る。
結果的にふたりは、ポジション替えを余儀なくされた。
◆
総長代理が寄越した応援部隊は、1個大隊だった。
「大隊長のレフだ、この隊は?」
大隊を運んできたのは、大規模な輸送を可能とする装甲馬車だ。
馬にも甲冑を身に付けさせて、大規模戦にのみ使用される特別品だった。
「私が中隊を預かっています」
中隊長が一歩前に出ると、敬礼し、大隊長を迎え入れた。
「いや、ここの指揮は君が取っていい。私は、あくまでも中隊長、君の応援だ」
「で、状況なんだが」
「はい、勇者殿を含めた格闘家、斥候、騎士の4名が教会に入っています」
大隊長が中隊長の後ろに隠れている少女を指して、『彼女は?』と尋ねた。
「あ、ダークエルフの魔女殿で、勇者殿と行動を共にされておりました」
だが、大隊長は不思議そうな顔で、
「彼女もアタッカーだとする、随分、バランスの悪いパーティだな?」
言われるまで気が付かなかった。
確かに、タンク役としてドワーフがそれを担うのは先入観で思い込んでいた節がある。
「確か、勇者殿はドワーフを老師...と呼んで」
「魔女殿は、いつからパーティに」
と、彼女の方を思わず振り向く。
天然の女性は、優しく微笑みながら――
「疑うなら、数ですよ中隊長様...」
「数? 勇者と獣人とエルフにドワーフ...よ、4人だろ?」
「そう、思いますか?」
中隊長はぐるぐる回る意識の中で、不意に呟く『獣人、獣人って誰だ?』。




