-770話 姫巫女降し ㊼-
「は、はい?」
場所を移して、少女と二人きりになるマル。
子爵領のコバルド族に建立された、コメ屋敷である。
「あ、えっと...」
「エリアスといいます」
響きがきれいだ。
と、同時に水の女神と同じ名前で、ドラゴンスレイヤーとなった神祖とも同じ響きの名前だ。
たまたま偶然かと疑いながら考えを巡らせていると――。
「この目と共にある種の人と、共鳴できる力があります。私、こう見えても今、16歳でして...」
と、目の前の少女は打ち明けた。
この中性的な姿は、単なるバランス不足による結果なのだという。
成長に必要な成長要素、マナやホルモン、その他の栄養など、消費方向が身体の方に向けられなければならない。だが、目の前の少女は、7歳を前にして成長が止まってしまった。いや、少しづつだが成長は続けている。
髪や爪が伸びるようなゆっくりとした速度で、変化はある。
それでも、身体が女の子らしく成るには未だ、先のような話をしている――だが問題は、精神的な成長の速度だ。
心の方はもう、10代の半ばにある。
エルフみたいに中身がババアという...あ、殴られそうな気配。
◇
話を整理すると、
過度に強力な“魔力共鳴能力”によって、成長が阻害されている少女がマルの目の前にある。
助けを請われたのは、そちらの方ではなく――盗賊団から守って貰う為だったという事のようだ。
ま、そいう分かり易い理由の方が力になれる。
体質の改善だとか言われてたら、マルでも躊躇したに違いない。
さて、教会の大司教張りの人物鑑定能力を持つ、コバルド族のババさまは肉球つきの手で、少女の腕をとりあげた。
ぷにぷにと柔らかな感触がある。
「お前さん自身にも、多くの加護があるもんだね?!」
この世界でのユニークスキルを指す言葉。
ふつうは、自身の加護属性は一つしかない。
例えば、マルのような化け物でも、“水属性”に派生する“氷属性”くらいは無条件に体系ツリー内で、習得が可能だが。これに相克する属性の習得には、耐性強化と弱点属性の無効化などを獲得する必要がある。
相克するこれら属性には、自身を弱らせることや、狂化に働くものに繋がるからだ。
だから、習得する条件が厳しい――という、その反属性ボーナスを7歳前の身体が習得していることに驚愕するばかりなのだ。
「お前さんにも道があったのに、獲得しに行かなかったんだね」
と、ババ様の杖がマルの鼻先にピタリと止まった。
マルが優先したのは、人形つくりの技術習得だった。
そこまで、魔法の深淵には興味がない。
いや、古代語をマスターしている彼女には魔術の深淵なんて言うのは退屈でしかないのだ。
「ほうほう、光は聖属性の類、火の属性は光に偏っておるな...金属性もその当たりか、なるほどな。闇との相性も高いね...これはより強い光の属性による影響だね...」
魔眼の属性も光だったようだ。
スキルの補助なく、対象者に“カウンター・ミラーマジック”という幻影返しを放てるのだという。
ぶっちゃけると、強い精神作用の幻術を自動的にブロックして弾き返すものだというが、マルの目は糸目になっている――「それめっちゃ、チートじゃん」
「チートはさておき、これ“魔眼”というものの使い方じゃよ」
悔しかったら、お前も見つけて移植すればよい...なんて言われている。
すべての魔眼にそんな能力があるわけでなく、それこそ一子相伝みたいな守られ方をしてもLANK的に及第点なのも少なくはない。
「ま、お前さんには必要なかろう」
マルの鼻先にあった杖が引っ込められた。
ババ様の未来詠みの魔眼には何が見えるのだろうか。
「...っと、」
「エリアスです」
「うむ、エリアスよ、儂が最初の師匠となろう...先ずはマナの練り方を学んでもらうぞ?」
別に魔法使いにならない選択肢はある。
多くの属性は、肉体強化に特化した魔法の習得をするだけでいい。
そうすれば、非力な赤子でさえ、英雄並みの力を引き出すことができる。
「マナ操作って」
「スキルの習得もここで行うがよいぞ!」
ババ様の家に祭壇がある。
それを親指で差しているから、この祭壇で加護を受ければいいのだろう。
◆
ドメル子爵領に使者が訪れた。
現在、新生帝国とは国交断絶中であるが、表向きはまだ、帝国子爵という身分のままである。
これがどんな意味を持つのかを、ここではっきりと理解させられた――「帝国幼帝イングヴルム陛下より火急の召集である。アララト辺境領ドメル子爵(=伯爵相当の家格の血統)殿は、速やかに王城へこられたし」――。
使者が立つという事は、予想していなかった。
また、幼帝陛下の名前で出された召集令状もだ。
この状況下であれば、帝国幼帝の代理人にして後見人の“摂政”閣下が連名で文を送ってくるところだろう。
いささか解せなかったので、リフル自らが三皇子領へ赴いている。
「と、まあ...そんな感じで」
「摂政のヤツの知らないところで...というのは推測の範囲をでんな。文官らが幼帝の名を担ぎ出すにもリスクが高い。これらが露見すれば、摂政の政敵とみなされて悉く苛烈な仕置きを食らうだろう」
「――でも、もしも...先の話のように、教会が国として独り立ちをする...なんてのが誠だとしたら、漁夫の利は彼らにあるのではないでしょうか?」
リフルは何の話をしているのか見当がつかない顔をしている。
混ざりたくても、混ざれない疎外感を抱く。
「教会が独立国家になるのはあくまでも、その兆候の話だ。完全に観測で来ているものでもない」
伯爵は持論を自ら否定した。
目下は、幼帝の召集を無視してもいいかに依る。
「仮に出向いたとして...」
「十中八九、罠と見るべきだ」
「ですよね...」
この返答は難しい。




