-769話 姫巫女降し ㊻-
ビスミルに破壊の女神が召喚されたという話が駆け巡った。
風の魔法のように鋭い刃が、男性器を切り刻み、盗賊窟とも呼ばれた無法地帯が洗浄されたというのだ。
まあ、きれいさっぱり城壁ごと吹き飛ばされてだ。
この吟遊詩人の言葉を聞いた、ラインベルクは脳裏に“マル”或いは“エセクター”を過らせた。
二人が拗らせれば間違いなく、街のひとつは吹き飛ぶと思っている。
ラインベルクの読みは間違っていない。
傍にあるオウル公は引き攣った笑みを浮かべながら――「コメ殿は、そんな女子ではござらんでしょう、あんなに甲斐甲斐しく手作りポーションを貢ぐ子も珍しいという...」
《あいつ、俺の知らないところで、そんな女の子してやがったのか...なんていうメスガキっぷりだ!?》
他にも証言を得た。
伯爵によると、妹の癇癪は、悪魔的にもズレていると評価した。
人が堕落した魂は、甘酒に似ているのだという。
あの、酒こうじと砂糖からできている――?
違うと、伯爵のげんこつがラインベルクに炸裂した。
乳白濁色で、甘く、アルコール濃度が低く、夏の大切な栄養源だと語っていたから、間違いなくラインベルクの知る東方の飲み物、甘酒であるはずだ。
違わないと、叫びたくなったが――「お前は、よほど俺に泣かされたいらしいな?」――少し前、口論になった挙句、夜に呼び出されて押し倒され、後ろを襲われたばかりである。
極大のをねじ込まされて。
――齢、28歳の夏手前、無事に貫通式を迎えた。
◇
ビスミルの騒動は、ひとつのうねりを世界に与えた。
新生帝国にとっては、先の局地的な失態に対する再燃を仄めかされ。
エスカリオテでは、第七皇子の失態が露見したことにある、基盤の問題へと発展した。
流石に、戦災孤児を救うのではなく、故意にアンダーグラウンドへ落とし込むのは、容認されないというのはなしだ。その中には、片親を亡くした元騎士爵の娘や、家出中の高碌食みの現貴族の娘や息子などもいたからだ。
と、こうして明るみにでると、途端に弱くなるのは正統性というものだ。
ただ、これらは七皇子が居ようと、居まいとで起きていた。
足元で人身売買まがいの少年少女が売り買いされていたのを、人心に篤い皇帝が見落としているとも思えない。むしろ率先してやっていた方ではないかと、思わないこともない。
「ああ、あの方は知っていたとも」
伯爵から問題発言が飛び出す。
「教会の連中は強欲なんだよ。それでも神に...いや、あいつらが拝める本来の神ってのは半裸の女神さまだからな。毎日、女のスジもんを見せつけられても見ろ、どんなに聖人気取りの男でも、股間のタケノコが天井知らずに伸びて咎められる奴なんざいねえって話さ」
口調はアレだが、言いたいことの核心は得た。
「スジもんって...身もふたもない」
「スジはスジだ。禁欲の儀式ってのも、もともと無かった儀式だけども、いつからかなあ...あいつらの中で交霊術みたいな変なのが出来ちまいやがった」
「じゃ、その...禁欲ってのは?」
「あん? ああ、教皇が飼っている巫女という処女を回すための儀式さ。薬漬けにしておいて、神託を得るんだとかいう、所謂トリップ状態にしておいて無理を強いて教皇が犯す。もちろん避妊なんてさせないから100人近い枢機卿ともどもで回しまくるのさ――」
「下種だ!!」
オウルの顔が憎悪で歪んでいる。
人が他人の何かを奪う時、壊すとき、踏みにじるのに悦を感じるというのがある。
自分の持ちものでないから、そういうことが出来るのだ――が、彼らはそれも愛であるというのだ。
その愛は一方通行で、壊される方に回ったら、命乞いをするのにだ。
「まあ、下種には違いはないが、こいつらは帝国を動かせる強力な力を持った下種だ。厄介なことに...聖職者という自覚がない宗教家でな。この世で一番の好物というのが色欲で、少女、少年、光るものすべての貴金属が大好きだという連中だ。そいつらがこの数百年で帝国からぶんどった魔法士のレンタル料は法外ときている――さて、これは何に使われるでしょう」
唐突に変な質問の発生。
伯爵からの挑戦状みたいな雰囲気になっている。
「?」
「ま、いいや。教会は今、自治領みたいな状態でしか存在を許されていない。女神教みたいな自然崇拝者ではなく、信徒数1000万人を超す巨大な宗教組織が何を望むのか、なんて大体の察しが付くだろう?」
「国ですか?!」
「国だよ!!」
疑問符で返すなと、ラインベルクに張り手が飛ぶ。
オウルには優しいが、ラインベルクには強く当たってくる――その理由として“よくも俺の可愛い妹にお前のような奴が...ちくしょう傷物にしやがって”という、シスコン全開で仕返ししてくるのだ。
傍目から、オウルは苦笑するしかできない。
《結果的には、エセクター卿も、ラインベルク卿も仲がいいんだな》
◆
マルによって助け出された、少年と少女たちは成人して自分の道を歩める者以外をより分けて、子爵領に入っていた。胸に光るのは例の缶バッジである。皆が皆で物珍しそうにマーキングを眺めていた。
その中で、じっとマルを見つめる子がある。
彼女の財布を盗む際に、耳元で“助けて”と囁いた子だ。
「待ち人来る...か」
マルのつぶやきに、彼女はきょとんとしている。
ざっと見た感じ中性さは抜けきっていない――外見年齢は二桁にも届かない雰囲気だが、当人の判断と行動力から12、いや13歳程度だろう。初潮の兆しや成長の具合などは精神汚染や食糧事情にも左右されるため一概に判断できない。
二桁でツルペタでは、いずれにせよ遠からずに変態のお世話をしていたかもしれない。
《心に傷を持つものは成長が遅くなるともいうし...》
「あ、の、...」
少女の方からマルに話しかける。
「何?」
「その心の声なんですけど...私にも聞こえてしまってて」
これは驚愕の事実が付きつけられた。




