-768話 姫巫女降し ㊺-
マルを見つめる少女は、思わず神にでも出会ったように、胸の前で手を合わせて祈っている。
彼女の魔法量は桁違いに分厚く、美しい光を放っている。
少女の目は“魔眼”と呼ばれる精霊の類と同じものだ。
普段は、普通の人の目と同じように周囲の世界をとらえることが出来る。
この目は、距離感に関係なく魔法の存在を感知できた。
もしくは魔法使いの所在も知覚できる――盗賊団のリーダーが見せていた幻術も、とうの昔に論破している状況で、手籠めにされていく義姉たちの姿も何度も見てきた。だから、その時が来れば自分も、そういう事をされるのだろうと半ばあきらめていた面もある。
逃げることはできる。
ただし、逃げたとしても、生きるのはつらいことだ。
盗賊団が養い親である以上は、稼ぎ次第でどうにか、パンと粥は貰うことが出来る。
で、あれば諦めて身を預けるほかないと思うのは当然の摂理だ。
子供達には選択肢がないのだから。
「ここでひとり、否、ふたり程度のこどもを助けたところで、この国にとっては焼け石に水。俺たちのような連中が男はスリに、女は娼婦におとして食い方を教えているくらいは未だ良心的なんだぜ?!」
マルは深くうなずく。
「ああ、そうだろう。ボクも聖人君主なんて存在は信じていないし、そういう者でもない。じゃ、だからと言って何もしないか? というのもちょっと違うな...と思っているだけの話さ。君たちの行為は褒められたものではない、だが、生きるすべであることは認めよう。ただ、ボクは非常に我儘な性格があって...助けを求めてきた者には、慈悲を掛けるようにしているのさ」
少女の方を一瞥した。
ちびっこで性別も一概には判別が苦しい。
ただ、世界はそんなに優しくない――中性的な容姿の子供たちを食らう大人がいる。
肉体的苦痛、精神的虐待を強いて客は“神”を気取るのだ。
「誰が、お前を...」
性病もちの男が会場の周りをぐっと見回す。
当然、必死に祈っている少女を見つける。
「てめえら! そいつを!!!」
「ざ~んねん!」
飛び出しら男の体が、肉片のひとつまで切り刻まれ弾け飛んだ。
少女の周りに犬っぽい雰囲気の“コバルド族”戦士が囲む。
「お嬢さんは、そのまま祈っててくださいな」
「はい...」
コバルドたちの背中は大きく見えた。
◇
もはや、力量差は明らかだった。
いや、マルという魔法使いを相手にしても、盗賊たちには手も足も出ない。
彼らに雇われた“先生”と呼ばれた素浪人は、妖精のコバルドを見て逃走している。
全くいいところがない。
「正直、期待外れだ!」
マルの本音が漏れた。
ビスミルの街といえば、エスカリオテ帝国の南東、元第七皇子領があった地域だ。
屈強な山師がいて、命知らずのギャンブラーがいると聞いていた。
「馬鹿か?! お前らは、そんな連中、とっくにどっかに移ってるよ。ここはな七皇子殿下の庇護に置かれた盗賊の隠れ都だ。ここで盗品を捌き、領主は仲介人となって富豪たちに恩着せがましく売りぬくって寸法さ。だから俺たちが強くなくてはならない理由はないのさ」
盗賊が素直に唄うのは、すでに捕縛されているからだ。
身動きもできなければ、少しでも心象よく開放してもらえるよう努力することだ。
「せこさ通り越して、きったねえ」
「ま、俺たちもボロ儲けしてんのは領主だった殿下って話で、俺たちはしょぼい稼ぎしかなくてな...あ、でもよ、教会の連中なんてありゃあ、鬼畜だぜ。戦災孤児を引き取ったら、処女のガキは司祭と神父で回して犯すんだ。年端もいかねえ少年は、教区大司教ってやつの腹の下でひぃーひぃー泣かせて遊ぶんだと...まったく鬼畜だよなあ、世も末だぜ」
リーダーの首が宙を飛んだ。
コボルトが握っていた剣を奪うと、マルは横薙ぎ一閃で振りぬいていた。
「下種仲間同士で、囀るな!!!」
激高していた。
◇
盗賊の根城は、娼婦宿と兼務していた。
当然、店裏の大広間がうるさいと思えば、何人かが見に来るのは当たり前。
やってきた者からひとりづつ捕縛して、今や店の方は女の子だけとなっている。
盗賊と、支配人と従業員たちは、首をなくした棟梁の姿を見て唖然としていた。
「はい、注目、注目! 今、この下種は地獄めぐり中です。留守なので話しかけても答えません!」
皆ののどが鳴り――『知ってます、だって首がないですし』というのを胸中に走らせた。
「まあ、この国の力では君たちを法で裁けないという話なので――」
再び、ごくりと唾を呑みこんだ。
「処刑します!」
《ああ、やっぱり》
男たちの顔に落胆が浮かび上がる。
「そういう顔をあなた方に向けたんじゃないですか...店の子や、足を洗っていいといわれた女の子たちは? ちがいますか???」
そういうことだ。
マルの仕置きは、下種な者たちに向けられている。
だが、祈っていた少女は――
「魔法使いさま、この人たちも街の掃きだめの中で仕方なく、そうなった人たちです。どうかご慈悲をお願いします」
――罪を憎んで人を憎まず。
マルは瞼を閉じる。
「この子の言葉に免じて、ちん〇んだけ、切り落とすことにします!!」
処刑ではないが、助かってない気がする。
「あ、あれ...」
「今までの悪行、棟梁の死亡、子供からの懇願という材料から、ボクが導き出した刑罰ですので...ち〇ちんをおとなしく差し出しなさい! これでチャラになるんだから安いものでしょう!!」
マルは少女に微笑みを向ける。
少女の方は引きつったままだ。
これは少し厄介な相手に、助けを請うてしまったのかもしれない。




