-767話 姫巫女降し ㊹-
マルは、ビスミルの街にあった。
当然、赤茶色のローブを頭から深々と被り、顔には仮面という異形な姿である。
目的らしい目的はない。
ただ、ひとつそれらしい物があるとすれば、探し物だ。
今週の占いといって、コバルド族の星詠み師は彼女に“運命の子”と出会う兆しありと告げた。
ただ、内容が断片し過ぎて意味がよくわからないのである。
仕方ないので、出会うと予言された、ビスミルという街に足を延ばしたというのだ。
もっとも、星詠み師の言葉を借りれば“出会うべくして出会う”という。
《特徴がないのも特徴ってのが意味不明...》
ため息が出る。
◇
そもそも、マルは今週の占いというのに振り回されるほど、暇ではなかった。
子爵領の要塞化に向けた、人手を集めるのが表向きの仕事。
そのほかで、各地に散らしてある、コボルトたちとの報告会に耳を傾けるというのがあった。
彼女自身も、姿をそれとなく変えることが出来る。
見た目をだけでなく、動物――ネコとか、イヌなどの生物にだ。
ただし、今の個体の姿を体が忘れない為にも、余りそれ以外の人にはならないよう避けている節がある。
この姿は、彼女の本来の姿だからだ。
スライムは後付けのユニークなスキルである。
「さてと、こんな敵地にまできたのはいいが...まったくどこから探せば」
わき道から走ってきた子供と激しくぶつかった。
マルの視界下に潜り込むのだから、相当、身体の小さな子供ということになる。
「っと、」
きゅぅなんて声が聞こえた。
が、その子はそのまま、再び路地の向こうに消える。
何となく察したマルは、自分の懐をまさぐった――『やられた、スリか』。
◇
少年たちの待つ掃き溜めのような地下水道に、その子は駆け込んできた。
「首尾はどうだった?!」
リーダー格のような少年が、股間のどこかを搔きながら問う。
その歳で性病とは、なんとも可愛そうな話だ。
掻いていた手を滑り込んだ子に向けている。
いや、周りの子供たちにも促しているのだ。
獲物を見せてみろと。
差し出した革袋、素っ気ないし飾り気もない。
「これ、」
「おいおい、どんな御仁から盗んだよ」
「無我夢中で...わからなく」
壇上の性病もち少年の前に肉団子のような男の子が、中を一瞥。
驚愕で手元が震えている。
「おい、何があった」
催促をしている性病もち。
「お、お頭! やべえ、やべえよ...金貨10枚と、宝石貝が...」
「はあ?!」
一堂の目が眼下のチビな子に向けられた。
マルの全財産をみて驚愕している子供らだ。
「こんなた、大金?!」
「いいから俺に寄越せ、上納金だけ残して――」
性病もちの少年の腕が弾け飛んだ。
豪快に爆発したような雰囲気でもあったし、あまりの衝撃的状況の中で、子供たちは悲鳴を挙げるのに一瞬のためらいがあった。性病に触れていた左腕を失くしたリーダーの子は気丈にも痛がるだけで、意識そのものを飛ばしてはいない。
その場にのたうち回って、壇上から地べたに転がり落ちていた。
「え、え?」
「汚い手で...ボクの持ち物をこれ以上、汚すのやめてほしいな」
肉団子の少年のすぐ後ろにマルが立つ。
寒気では済まされない“死”の恐怖をその身に感じる。
心と体の乖離――逃げなくちゃいけない危機察知と、強者を前に筋肉が竦んでしまった生理的反応。
「もう、彼のような性病もちは、いない?」
マルの言葉を理解できている子はいないだろう――彼女にぶつかってきた子、以外はだ。
お漏らしをするくらいに恐怖を感じ、涙目で体を震わせているが、どこか冷静にマルをみている並外れた度胸を持っていた。
敵対心を向けているのは、リーダーの子だけだ。
さすがの年長者とも言えなくはないが、少し度が過ぎているともいえた――「ほら、そこで転がっていても、ボクが油断を見せる事はない。吹き飛んだ腕が幻術であることは分かっているし、その傷は左であって右では無いのだけどね...子供は騙せても、ボクは無理だよ...生きている年季が違うんだ! 人間が」
お尻からぺたんと冷たい廃水路の広場に座り込んで、マルを見つめるチビッ子。
彼女の目からマルを見ると、なんとも神々しくまた、美しい虹彩を放っているオーラに見惚れていた。
確かに怖い。
この世ならざる恐怖が漂っている――目の前のローブが死神だと言われてもそうだと受け入れられる。
だがしかし、美しいいや、チビッ子は『キレイ...』と表現した。
「あ、ありがとう...」
マルは、漏れ聞こえた少女の声にお礼を伝える。
◇
「俺の幻術が効かねえとは、とんだ厄日だぜ...」
地べたを転がっていた少年の姿が煙のように消える。
少年少女たちの視界が歪む――今まで奪っていた本来の景色、世界が浮かび上がった。
12、或いは15歳くらいしか居なかったはずの少年少女たちの中に、強面のおっさんたちが混じっている。
ここはアンダーグラウンドの盗賊たちの根城だ。
年頃になった少女たちは、スリの仕事から足を洗ったと聞かされていた。
しかし、この盗賊の慰み者となって、果てに娼婦として客を取らされていた――その性病がリーダーに感染ったようだ。まあ、それは自業自得だろう。
「しかしまあ、これだけの人数を相手に勝算があるとでも?」
性病もちが吠える。
どうやら、盗賊団のリーダーでもあるようだ。
そうして、子供たちに寄生していた屑でもある。
「この状況で勝算があると思っている君たちも大概だね...これなら、子供たちの感覚の方が正直だと思うよ。ボクのオーラが見える子は、正直にその美しさを声に出してくれたし...先ずは彼我との差を知るために魔力感知でどんな相手か調べるべきだよ」
マルは、この状況を想定して動いていた。
多人数vs個人という状況をだ――ただし、相手が生き残るために何でも仕掛けてくる下種という設定に置いての対策をだ。しかし、目の前の盗賊団は、その兆しが全くないまるで、野良犬。いや、犬でさえ彼我の差を嗅ぎ分けられる。
それ以下の者たちだ。




