-760話 姫巫女降し ㊳-
「転移によって宰相とは真逆に居る。戴冠式を無事に終えて戻ってきた足で先ず、襲うのは三皇子領だよね...この場合の策は何かあるのかな?」
マルがエセクターに問われた質問だ。
彼女は「( ==)」こんな表情で、
「ここに現当主の御母堂さまが居られます」
紹介された彼女は笑みを浮かべながら、
「人質のメリーです」
と、告白している。
お付きの給仕や、衛士らも驚きだったようだ。
◇
「人質だと公表すれば、帝国としては多少の無理があっても、対象をドメル子爵領ひとつに向けざる得ない。また、三皇子領を通過できなければ、子爵領への進軍ルートは、自ずと北域鎮台府から山道を利用したものしかないってのも、こちらにはメリットであちらにはデメリットだと言える」
ひと悶着はあった。
三皇子領を守る為だったとはいえ、護衛の者たちには伏せられた策だった。
知っていて加担というより、発案者のメリー妃の聡明さに頭が下がる。
「ええ、わたくしとマルちゃんの見事な連携プレイですの」
と、妃は微笑む。
「ま、これによって三皇子領へは、宰相だけでなく新体制の帝国も、協力を仰ぐようなアプローチを掛けざるえないと思う訳。必要なら取り込むような事もするだろうって...話は、御当主さまにも献策してあるので、埒が明かない外交をみせてくれるよう頼んであります」
「埒が明かない外交って...」
「セラスの口八丁、手八丁みたいなところは、本当にお父さんそっくりなのよ」
と、よく笑う妃だ。
お父さんというのも、三皇子殿下のことだ。
この妃とあの皇子殿下はそれなりに仲は良かったということだ。
庶子を作っちゃうこともあったわけだけども、そこはまあ、わりと根には持っていないような感じだ。
いや、長男であるオウル公が良い人なのだ。
育ての親であるメリー妃の顔が、綻ぶくらい親孝行しているようだ。
「ってわけで。今のところは、皇子領を通過するまでの半月は、稼げる感覚でしょう」
「は、15日前後って...おま、それを...本気か?!」
リフルの方は、小首を左右に傾けながら、考えているようないないような。
煮え切らない風にとっていると、
「じゃ、先ずはご飯、食べましょう!」
◆
第六皇子でも、戴冠式を行う準備をとる。
支持者は、兄弟たちだ。
例えば、蟄居中の第四皇子もこれに加担して、第五皇子は中立を貫く。
七皇子と八皇子はもとより、将軍職ですでに兄を支えているので支持しているのと変化はない。
エスカリオテ州の聖地“マルティア”の祠で儀式を行うと宣言した。
ネムルト神殿から、反逆者を同時に対処することが敵わないから、あえてこの時期に合わせて第六皇子も動いたことになる。
それは、マルも予測済みのことだった。
二人としては、どっちが先に動くかという、タイミング的な問題だけだった。
結果的には、リフルの癇癪があって今があるのではなく、マルと六皇子、その周辺情勢が混ざり合ってこんな状況に至ったということだ。
「まあ、面白いことを思いつくものだな」
マルが皇子に宛てた文を今一度、読み返している。
これがなければ、彼は戴冠式を強行しようとは思ってもいない。
「で、本当にラインベルク側も動きましたね...」
不思議そうな声をあげる副官。
今でも十分に不可思議だと、危険視している方の人だ。
「まあ、この状況では帝国内部の異物として対処されるなら、いっそ...という読みあいは確かにその通りだ。言われるまで気が付かなかったのは癪だがな。彼らにとっては、帝国軍と対峙できるようなトコは見当たらないが、まあ...我らが乗り気になったことで活路はみえたものかな?」
「見えたでしょう。しかし...本当にあの遺言、誠でしょうか?」
「あん? ああ、リフルがか...皇帝の事だもう一癖ありそうな雰囲気はあるが、妹は聡明な子だ。あれが認めた男が、次期皇帝だと言われても俺には全く口をはさむ余地はない。まあ、いい治世は築くだろうなとは...な。だが、これは男として挑むべき大事業だ。挑まずして受け入れるのは...俺の、スタイルではないよな?」
六皇子の一人称が変化する。
熱くなると“俺”という風に変わる性格だ。
そもそも、10人いる男兄弟の中では一番、玉座にちかい男だった。
長兄、次兄らもいや、三兄でさえ自身の野望に忠実であるなら、この後継者争いにもっと本腰を入れてきただろう。
そういう気概のある男たちだ。
リフルには少し物足りない男兄弟だったろう。
が、こと玉座をめぐってでは、長兄――あれは、絶大な財力を背景に持った内政に明るい人だった。
次兄――あの人は、数ある大将軍を実力で勝ち得た唯一の皇族だった。兵士たちの人気や信頼、忠誠はアカデミー出身の貴族よりも集めた人だ。
ゴブリンに殺されなかったら――いや、いい。
三兄――惜しい常識人を失った。恐らくは、宰相が一番嫌っていたであろう、正義の人だった。
「どの皇子らも、ある一面では実に、才知に溢れた方々でしたね」
副官も瞼をつぶれば、それぞれの皇子の顔を思い出すことができる。
それぞれと、親交があったわけではない。
彼らに付き従う者たちとは、薄いなりの知己は得ていた。
「ああ、失って惜しかったのは三兄だな。あの人の求めた“法による秩序”は本来なら、今こそ必要な時だが...およそ宰相の悪だくみで今は、この世にいない。俺は強大の中であの人が好きだった...穏やかな人だったのに」
これは敵討ちのようなものだと言った。
それが、エスカリオテで皇帝になる男の決意だ。
祝福してくれるのは、各皇子領だった市民たちだ。
ブルーメル・イス王朝の中にもうひとつ、侵攻可能だが厄介な国が興る――イス・エスカリオテ第二帝国とのちの時代で呼ばれる治世短き国家だ。
その戴冠式が迫る。




