-754話 姫巫女降し ㉜-
きた、これ...
ああ、こういう事になると分かってたんだよ。
百戦錬磨の強者とか嘯いてると思ってたけど――有言実行だなんて。
トイレの個室にまで押しかけられて、目の前のソレが性別関係なく鬼畜に代わる様をありありと見せつけられた。自分でも歩き難いと思ってるローブの裾を、たぐしあげながら捲り、あとは視界を遮った布の向こう側で荒々しい獣の息遣いしか聞こえてこない。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゅぐちゅ。
気持ちの悪い音が耳じゃなくて、体の下から聞こえてくる。
そして、唐突に頭が真っ白になった――。
◆
エルフの先発部隊は、ショートカット転移を駆使してラインベルクを襲撃してきた。
彼らに流された情報とは、エルフを脅かす神造兵器があるぞ、である。
もっとも、半信半疑だった彼らを信用させたのは、馬鹿正直に魔力のオーラを駄々洩れさせているラインベルク本人であった。
エセクター伯は、ラインベルクに対して一言アドバイスを送っている。
「お前には一言だけ、そうだなあ、魔力を練りこむ練習を課す。いついかなる時も動じずに練りこんでおくのだぞ!」
このアドバイスを忠実に熟し、以下、彼は常に標的としての使命を全うしたのだ。
◇
「どおりで良く狙われると思いました」
前かがみに倒れこむラインベルク。
その様子をじっと伯爵はみている。
「なにか?」
「やはり、練りこむだけでここまで変化するわけか...これはあれか、転移者としての特質のようなものか、いや或いは――」
「子爵さまのステータスの話です。私も、大将軍に言われるまで気が付きもしませんでしたが、子爵さまのスキルは何かとても不自然です。いうなれば、偽装で壁をつくり視る者から自信を守っているような...そんな気さえあります」
不思議そうというか、瞼を閉じて眠たそうな雰囲気だ。
難しいことを考えると、思考停止する特技がある。
「例えば、剣術スキルがあるのに、得意武器が“素手”という一見、意味不明なステ面を“A”とする。再び、時を置いてお前の鑑定を行うと、槍術スキルが取得されていて、得意武器が“デッキブラシ”と見えるわけだ...これを“B”とする...」
「ってことは、見るたびに俺のステは変化すると?」
「まあ、その雰囲気だと無自覚なのだろう。か、または誰かの操作スキルであたかも謎多き者という演出がなされているだけかもしれない。が、はっきりしているのは、エルフが迷わず、君を襲ってきた理由だ」
「それは、伯爵が...」
「私の知人の協力もあって、君を見つけて襲ったわけだ。見つけられるぐらい分かり易い目印が付いていた――君の練る魔力は絶大だ。例えば、勇者だと嘯いても文句を言うものも少ないだろう、という質量であると確信する。そこでだが...その魔力、使ってみたいとは思わないか?」
魔法は、自然発動で習得できるものではない。
帝国軍立アカデミーでも、教会に攫われなかった魔法士の育成は盛んだった。
魔法使いの才能は、開花までが自然に生じる現象である。
こののちは、操作や感知をアカデミー等で訓練しながら習得するのだという。
「えっと、それは...」
「王宮魔導士団長でもある私が、直に教えてやろうというのだ!」
思わず、ラインベルクは――ありがとうございます、義兄と、読んでいた。
「...今のは聞かなかったこととする」
「は、はい」
この二人は、またぎこちない雰囲気になった。
やはり、夜になるとエルフたちの攻撃が止む。
昼間は活発に活動するのだが、夜になると一転して闇を怖がっている節がある。
《このあたりの伝承も吹聴していたようだな...あの娘は...》
◆
「あ、エセクター。マルちゃんは?」
「ああ、トイレで伸びてるよ...まあ、よぽっど良かったんだね、あのあと立て続けに間欠泉みたいに噴き出してさ、ちょっと塩辛かったわ...」
と、服装が変わってるまでがデフォルトだ。
「で、マルちゃんの言ってた事、どう思う?」
「帝都を脱出するなら早い方がいいだろうさ、対魔法干渉域なんて設けられたら、脱出するものも出来ないしね...いくら魔族といえど、そんなエリアじゃ人並み以下だよ」
リフルの窮屈そうな姿勢は解けていない。
再び卓上に、頬を沈めていた。
「でも、私たちがそこに到達できているなら、相手は宰相なわけだし...」
「もう、動いてるとも」
「それはない...」
やっとトイレから戻ってきた。
マルの表情に疲れが見える。
リフルの視線がエセクターに突き刺さり――『何をどうすれば、先ほどまで明朗快活だった娘がやつれるのだ』という無言の圧力をかけていた。
「ラインベルクが率いる軍団から知らせが届かない時点では、彼は動きようがないんだ」
ふたりがキョトンとした。
「“壊滅”あるいは“潰走”という言葉を待って、未亡人の救済として動く...いや、そうじゃないとラインベルク騎士団と一戦交えるような愚行を犯すことになる。あと彼の誤算は、四方に散っている大将軍が、絶対に持ち場を離れないと高をくくってること」
腰から下に力が入らない。
何かに捕まっていないと、笑う膝から床に接吻しかねないほど、足ががくがくしていた。
ローブのおかげで痴態をさらすことはない。
それでも腰が引けているの事実だ。
《...っ、し、師匠のバカ!!!!!》




