-47話 勇者とその一行 ②-
10日余りで、耳長いエルフの娘は復活を果たす。
やや進展があったと言えば、少年とエルフの間にあった距離感が縮まったという感覚、或いは雰囲気があった。生理休暇以前にあった、エルフの刺々しい壁が少年との間には無くなっている感じだ。
ただ、ドワーフと魔女のふたりには壁がある。
エルフの視線がドワーフと重なると、途端に尻の穴を両手で塞ぐような動作をした。
「何かしたの?」
と、不思議に尋ねる少年の唇に人差し指を宛て。
「勇者さまは、お気になさらずに...私事のことですから」
彼女は、はぐらかした。
特に大きく進展しているのは、エルフ娘が少年を名で、アッシュと呼ぶようになったことだ。
「10日余りで何があったのか」
中隊長は、様変わりしたエルフの態度に恐ろしさを憶える。
「看病されれば、あの子も年頃ですもの...殿方を意識せざる得ません」
魔女はコロコロと笑っている。
分かり易い変わり方だから、かわいいと思ってしまった。
いつもは邪険に扱ってくる娘だったが、流石に憎み切れないでいたのはそういう面を見抜いていたからだ。
「なるほど、恋をしたのですか」
「できれば、勇者さまが気付いてあげると、もう少し可愛らしくなるのでしょうけど」
いや、勇者の対応を見ていれば、まんざらでもないと思えた。
少なくとも、彼はエルフの娘を煙違ってはいない様なのだ。
「この際だ、小僧、鞘が在るうちにだな...」
勇者の横に立ったドワーフの老師が耳元で囁く。
その更に背中越しにエルフが覗き込み、
「鞘が何よ?」
「な、なんじゃお前、斥候に――」
「行ったわよ...」
しれっと応じた。
「ああ、老師がボクの処理を心配しているんだよ」
なんて恥ずかし気もなく、彼女に伝えた。
「しょ、処理?!」
頬を赤らめ、ヨダレ拭った。
「戦闘後とか、気分が昂った後なんか一番、厄介で――勇者なんて言われてるけど...」
「っ然、問題ない! 寧ろ、勇者さまは健全です!!」
彼女は、鼻血を流しながら彼を支える。
「しょ、処理なら私に任せてください!」
なんて事を口走っていた。
そのやり取りを、荷馬車ひとつ分後ろから見ている傭兵団と魔女。
「これ、方向性は間違っていないんですよね?」
中隊長は、魔女に問う。
「いえ、私に聞かれても」
「で、ですよね」
◆
勇者が、第二王都に入ったのは、イベントの終盤手前ごろだ。
第二王都には、勇者がクラスアップする為に重要なクエストが用意されてある。これまでの王道だと思われた過酷な経験は、このクラスアップの為の材料集めと言えなくもない。前回では、これらのどの道筋からもクラスアップが出来る情報が示されることは無かった。
要するに“自称・勇者”と名乗っている剣士と、その一行が冒険者と共に女王を前に対峙した。が、撃退しただけの不名誉な終了を迎えたというのが顛末のようだった。しかし、今回は漸く別のエンディングを見る事が出来そうな予感があった。
クラスアップ・クエストは、教会の中で発生する。
だが、勇者一行がその教会を目指す道すがらで邪魔が入る。
王国騎士団の横陣が敷かれていた。
「何事でしょう?」
傭兵団の騎士が、『視てきます』と言い残して道へ降りると、矢が彼の胸を貫いた――脱出――どこかの小さな教会へ飛んでいった。
「な、何事だ!!」
「隊長を守れ! 全隊抜刀、盾の陣!!」
隊長の横にいる魔女も含め、傭兵団は亀の甲羅のような陣容に変化した。
「屋根の上に弓兵を確認」
先行する斥候らの交信だ。
彼ら斥候は、王国騎士団の認知範囲ぎりぎりの距離から監視するだけに留めている。
中隊長の判断に寄るが、悪戯に街中での戦闘を避けたいがためだ。
「だいたい、ここまでで手探りだ。こういう罠を警戒してこなかった訳じゃないが、なんなんだこの底意地の悪いシナリオは」
中隊長が毒を吐く。
魔女は、隊長の首を自分の胸元に引き寄せて――
「落ち着いてください。ここは貴方の冷静な判断力が必要なんです」
彼女は震えていた。
冒険者が一発で退場させられるのだから、NPCなら即死亡だろう。そういう意味では、集団戦闘に長けた傭兵団こそが、現状唯一の対騎士団で抵抗しうる戦力なのだ。
このイベントは――
「NPCを守り抜いて、彼らをクラスアップさせる事が我らの使命! 全隊に告ぐ、後事を気にせず死力を尽くして突き進め!!」
魔女の瞳を見つめ、
「ありがとう、君に勇気を貰った」
と、唇を奪っていた。
「隊長、あれはやり過ぎです!」
「ハラスメント・ペナ貰ったらどうするんですか?!」
なんて声が隊員から飛び出したが、
「ったく、隊長ってベターですよね」
ばんばん背中を叩かれる。
「魔女さん、赤くなって隊長の背中から、出てこなくなったじゃないですか!」
「っはあー 青春だなー」




