-744話 姫巫女降し ㉓-
第六皇子が実行支配している“エスカリオテ州”は、広大だが帝国としてみると接する州の境界線が多く守り難い点でも随一となる。ただし、第一、第二、第三皇子領と比較すると、これはこれでラッキーだったかもしれない立地で恵まれていた。
第七と第八皇子はその身分である皇籍を自ら、廃皇子として落とし自領を六兄に預けたのだ。
そして、自領だった地に、自治領主として返り咲くという法を取った。
これが、六皇子の手腕だ。
ただし、手続きが必要な案件を、帝国宰相に介入させず行ったことは、明らかなる反逆行為だ。
帝国のルール上は例外も認められない――ただし、それは父である皇帝が存命だったならば、という条件が付いて回る。
帝国は、一度とて、法治国家であったことはない。
法律はある。
市民が守るべき最低限のルールがだ。
しかし、貴族には貴族の法があり、皇族にも父王が法であるという物がある。
皇帝ならば、こうしたであろう事をしただけだと告げて終わりにしたのが六皇子だ。
◆
「単なる屁理屈じゃないか」
ラインベルクは、“熊手亭”の客室で宰相と茶を飲んでいる。
上辺だけでもいい友を演じる必要があった。
彼は無類のお人好しという印象操作だ。
おそらく宰相には、三皇子への接近はバレていると思って、バカを装わなければならないからだ。が、バカにバカを装わせる必要はない。自他ともに認めているなら、地で貫けばいいだけの簡単な話だ。
ラインベルクは、真面目に装うつもりでいたのでリフルから鼻で笑われた。
「主人様の強いところは、考えると気絶するほどの頭の弱さに御座います。ま、お〇ん〇んが太くて硬くて、長くて濃いミルクを絞り出せる点では、いえ、恐らく帝国中を探しても見つかることは無いでしょう。故に、そのまま自然体のバカであってください」
と、言われた。
どうも聞いていると、見もふたもないことを言われたような気がする。
が、満面な笑みをたたえて、彼も「そっか、うん、取り繕うことしない」宣言してたりする。
マルは、この夫婦の営みを見て溜息しかでなかった。
《なんの小劇場??》
帝国宰相は、ラインベルクが帝都に足を向ける度に、陣中見舞いといった理由で表敬訪問することが多くなった。
恐らくは動静を探る為だろう。
と、いうのもカルス・ヴァン・ラインベルクという男の行動を調べると、きまって一見、盗賊か或いは、傭兵の類に斥候が妨害されるという状況に遭遇する。これは、帝都に巣くうマスター・ラサによる手配された、暗殺者たちによる攻撃だ。
代わりに彼らは、帝国中の大小様々な動きをつぶさに記録している。
カルスは、ラサという元奴隷を従者に導いた時“情報は、金よりも価値が高く見誤らなければ、必ず次の行動の指針になる”と、説いていた――本人は何を引用したかも、忘れているに違いないが。
マスター・ラサの身分、元奴隷から買い上げられて統括者という役職ではない素の彼は、子爵領市民である。ラインベルクによって身分を保証された下級市民も、同じく今はドメル子爵領の市民となっている――そこに優劣は無い。
カルス曰く『人に優劣をつけるのは、向上心を引き立たせるのに際立って有効かもしれない。でも、それはあくまでも、能力を十二分に生かせる場や、仕事に見合った対価の差でなら分かる。一生何をどう足掻こうとも階級で縛ってしまうのは何か違う...。だから、俺の統治する地では、市民とは領主を支える臣民として迎え入れたいと思っている』と、諭したことがあった。
これに感動したラサは、主人であるラインベルクの見えないところでも懸命に尽くしている。
また、宰相は国元であるドメル子爵領にも、斥候や間者を派遣したが。
ラサとは別の何かによって阻まれている。
三皇子領も同様だ。
広域に展開している明らかに魔獣の気配を感じてならない。その証拠に、獣の傷跡を持つ兵士をご丁寧に荷馬車単位で送り届けてきたからだ。ちょっかいを出せばタダでは済まさせないという意志である。
だから、宰相は自らを死地に飛び込ませている訳だ。
「ま、それが六皇子の反抗期と私は見ている――が、皇女殿下とは...子はできたかね?」
出された茶を飲み干す。
毒を入れてくるのならば、宿に入った時点で暗殺者だけを寄越せば事足りる。
後は、傷を治して死因を隠し病死にすれば――
「おい、人に子がどうのと尋ねておいて白昼夢とはどういう料簡だ?!」
と、憤慨するラインベルクがあった。
彼は、リフルとの仲を赤裸々に公表した。
隠す程でもなく、また、壁ひとつ向こう側からリフル本人が“もっと自慢しろ”と、プレッシャーを突き付けてくる。
「ああ、すまんな」
「漸くだが懐妊の報告を受けた。女神さまの夢を見たとかで、ふたりの赤子だと言っておったよ」
腰が抜けるまで奉仕して、昼も夜もと境なく絞られるだけ絞られたのだからと、彼は笑った。
ついに継承権を持つ皇女に子が出来る――内心、事実を知る宰相の胸中は穏やかではない。
皇帝の遺言は“皇女が認めた者に王位を譲る”だった。
それでは誰も納得はしない。
世迷言だと、皇帝の寝所にあった宰相は吠えていた。
王は、彼の怒りに満ちた瞳を覗き込みながら――「お前の野心などとうに見抜いておる。故に傍に置いて好き勝手出来ぬよう縛っておいたが、最早、我の命運も尽きる。その後で、何をするかは好きにせよ...解任などはせぬ。ただし、好き勝手が出来ると、本気で思っておる...なら、お前もバカであると――」
皇帝の口を思わず塞いでいる姿を、侍従らの瞳の中に見た。
宰相が身を退け反らした頃には、崩御した後だったわけだ。
彼と皇帝の関係はこんな形で幕を閉じる。
リフル殿下の選んだ男が目の前にいる――茶の無くなった湯飲みを口元に運び、装いながらもう一度ラインベルクを見た。
《やはり、どこかヌケた阿呆にしか見えぬが...》




