-46話 勇者とその一行 ①-
「おい、小僧。どうじゃ? 昨晩の具合は」
声を掛けてきたのは、ドワーフの老師だ。
騎士道精神に燃え滾る彼は、今日もつやのある顔で宿屋の戸口に立っている。
「いやいや、ご盛んなのは老師の方でしょう。ボクなんて、ほら淋しい限りです」
と、部屋にたまったティッシュの山を見せている。
ドワーフは、『ほうほう、若いのだから鞘のひとつでも見繕えばよいのに』と嘆いた。
「耳長いのと、茶褐色のどちらでも良いから試せば良いではないか」
なんて、部屋から眠たげに出てきた寝ぐせのあるエルフを指さしている。
彼女は、その老師の悪意に気が付き、
「何? なんかようでも?」
と、刺々しい視線を飛ばしてきた。
いつにも増して毒が混じっているような感じだ。
「えっと、今日は朝から当たりが...」
勇者はエルフに恐る恐る声を掛ける。
彼女の場合、勇者でも容赦しない性格だ。
少し前は、初対面なのに優柔不断なところ見て、勇者の尻に剣の柄を突き刺している。
いや、あれは勇者とえども何かに目覚めそうな感覚だった。
「何? あんたもか!」
「いえいえ、何も言ってませんよ...ねぇ、老師」
「おい。儂に振るなよ小僧が!!」
ドワーフは咄嗟に自分の尻を両手で隠した。
彼もやられた経験があるらしい。
目つきの悪いエルフがにじり寄る。
やや顔色が悪い雰囲気だ。
「――どいつも、こいつも人の顔色を伺いやがって...」
そう仕向けたのは貴方の責任です。
誰か言ってやれば、もっとしおらしい女の子になったかも知れない。
「ちくしょー、独りで遊ぶには駒が足り...うっ、気持ち悪い...は、吐きそう」
千鳥足でふらっと前に進み出ると、ドワーフの肩を掴んで豪快に嘔吐している。
ドロドロの液体に飲み込まれていく老師から、飛び退いた勇者は『お前ってそういう奴だったのか』という恨めしい視線が向けられたことを感知している。が、人として避けるのは当然のことだと思う。
すべて吐き出したエルフは、勇者にじぃっと視線を這わせ。
「お腹痛いし、気持ち悪いから...動きたくない」
と、いう言葉だけを残して自室に閉じこもってしまった。
どうやら振出しに戻るである。
◆
井戸で汚物を洗い落としたドワーフは、傭兵団と寝所を共にする魔女の下へ訪れた。
ただ、洗っただけの身体には、未だすっぱい悪臭が残っていた。
会う人ごとに顔を背けられ、マスクで覆った人々が彼の対応に応じている。が、ダークエルフの魔女まで辿り着くのに部外者、門外漢みたいな扱いに対しご立腹となる。
「何故だ! 儂らはパーティを組んでいる仲間ではないか!!」
と、終いには憤慨して地を踏み怒髪天の所業をとる。
「それが問題なんです、老師」
傭兵団の中隊長が席を蹴った、ドワーフを諫めた。
「魔女殿は、我らに助けを請われた。それを我々が受け入れたのです。あなた方が、彼女を偏見なく見て接していれば、今もあなた方の良き理解者で知恵者であったでしょう」
耳長いエルフの状態異常について、既に聞き及んでいるような雰囲気だ。
ドワーフが『それならば問う。耳長いエルフの奴が体調を崩しおったので、その治療を――』と、言いかけて魔女が、魔法使いの静止を振り解きつつ天幕に入出してきた。
「その必要は、ございません」
「...天幕の端で聞いておったのなら、何故、今まで――」
「彼女は、“おりもの”の周期に入っただけです。今までは、上手く隠していましたが...こう長旅や不安定な生活が続いては、身体と心に変調をきたさない筈はありません。ですから、暫くは様子見を...そうですね、1週間は放っておいてあげてくださ」
魔女は深々と首を垂れて、請願する。
ドワーフは納得がいかない様子で宿屋に戻る。
が、魔女の方は、他の魔法使いに肩を借りながら、立っているだけでも辛そうに歩く。
「貴方も同様な状態なのに――」
魔女はにっこり微笑んで。
「辛いときは、お互い様なのです。ここでどれだけ他人に優しくできるかが、勇者として問われることになるんじゃないでしょうか」
彼女はそう、応じた。
中隊長の心に魔女の微笑みが浮かぶ――『嫁さんにしたいな』――と、迂闊にもそう思ったのは内緒の話。




