-738話 姫巫女降し ⑱-
第三皇子を呪ったとする第四皇子は“バイブルト州”を統治する文化人だ。
州都はエスビルに定められ、小帝都なんて呼ばれるような華やかさがあった。
都の造成と街の整備、設計なども皇子自らが行ったとされる、芸術家気質の高い人物であった。
振舞や金の使い方が派手であるに対して、自らの宮殿は質素だったという。
持論めいたものがあって“本当の華やかさは人の笑顔”であると唱えていた。
その皇子にも“皇太子指名”の噂が立った事がある――。
「――それで?」
「一笑に伏して“こんな遊び人が国を継いだら、あっという間に傾けてご先祖様に恨まれるに違いない”と、噂の出どころを見抜いたというのだ。ま、三皇子とも歳が近く、僅か数か月で釣りや狩りだのと遊興に誘い合ってた仲だと考えると、継承権欲しさに呪い殺すなど考えもつかぬ」
教授の目に涙が見えた。
恐らくは、両王子のいずれかが教え子なのだろう。
「これは忠告だと思ってくれよ、カルス君」
「ええ」
「今回の事件は裏があると思われる。昨今の継承権問題という政治的な争いであることは確かだろう」
「はい」
それは納得できる。
誰が仕込み、仕掛けたのかがカギになるだろう。
「くれぐれも近寄るな」
「は?」
「日が浅いとはいえ、儂の大事な友であり弟子だ...ふっ、恐らくはつまらぬ揉め事なのだろう。だから、首を突っ込んで君の進むべき道を見失うのではないのだぞ」
と、老人は言った。
革袋の匂いを嗅ぎながら、その場を去る。
渡しそびれた土産は、ついに彼に渡ることは無かった。
老教授もそのすぐ後に投獄されたからである。
◆
マルの身は、近隣のコボルトの里にあった。
人の姿をしているスライムと言うだけでも十分に、警戒された上に種族として“スライム・ロード”だと分かると尚、精神的にも身構えられた。
里の長老で、呪術師的な立場の者と、膝を突き合わせながらの話し合いがはじまる。
「それで、魔物と言うには既に高みを頂かんとする貴殿が、獣の里に何用でござろう?」
謙遜しているつもりの挨拶だ。
マルは里の前で一応、社交的な礼は尽くしている。
帝都に納めている農家から、肉などを買い、それらを里に運び込んでいた。
名目上は“外交的なご挨拶”とされていたものだ。
「単刀直入に切り出すと、コボルト族をボクの配下に置きたいんだ!」
と、とんでもないことを口にした。
マルというとんでもない化け物の“個”に、“群体”である群れまるまるをリクルートしようという話だ。大きすぎて犬っぽい印象の彼らは目をきょろきょろさせながら固まっていた。
「いや、いえ...断るなどは滅相もありませんが...ひとつ、何故と、言わせて頂きたいのですが」
「ああ、自分たちを少し小さく見ているのかな。属性レベルが亜人種に置かれてあるコボルト族設定だと、確かに犬のワードックと同一視する連中も多いけど...あれ間違いだから。君たちは上位種でエルフと大差ないよ、土元素に属して妖精種のコボルト族、その上位にコボルド族、更に進化してコバルト族――犬っぽいのはその律儀的な忠誠心のみで、上位精霊級の魔人と同じに成れるってとこか」
再び、口を開けて呆然としている。
住み慣れた山を離れて森に棲み、人も寄り憑かぬよう妙な噂も流して隠遁生活してきた。
それをもあっさりと看破して結界の中にまで入り込んだ者を迎えると、スライムを交えた人の群れだった訳だ。対峙すると、スライムが人を従えるという構図でさらに驚かされた。
「じゃ、返事聞こうか?」
そして、無類のせっかちさんだった。
◆
「ラサの調べでは、三皇子の死因解明などはされなかった」
リフルからは『当然、なぜそのような事が必要だ?!』と怒られた。
人は死ぬ。もっとも、いつかは死ぬという意味合いでの発言だ。
これぐらい淡白で無いと、宮廷では日常茶飯事で誰かが居なくなっていることが多かった。
皇籍から削除された者がこれまでにも、何人もあった歴史を彼女が紐解く――ブルーメル・イス王朝は世界名“ハイファンタジー”において、建国から唯一300年以上もの長い歴史をもつ王国であった。
また、この王国は一つの王家が元首であるという点でも、十分に異彩を放っていたことである。
「建国王には20を越える皇子と皇女があって、その半分以上が平民に戻ったという珍しい歴史がある。だけど、最終的に5人が復籍して空位だった上位貴族の席を埋めたとされているんだよね」
周りから“ふ~ん”という声が漏れた。
歴史講釈なら、王国史を専攻したリフルに尋ねればいい。
100から200年前の事実は、エセクターに尋ねるのがよい時もある。
「帝国と称するまで実に50~70人ちかい人々が皇籍を外されたり、捨てたりして平民に戻り、王家の血は城壁の外で広がって栄えた。血統主義とか、純血主義ってのでも無いから、ブルーメル王家ってわりと柔軟で強かに繁栄はしてきたんだよね。この500年間までは」
と、彼女のトーンが下がる。
今の王家は娘が少ない。
とはいえ12人もいると捉えるか、しかいないと考えるかは人それぞれだ。リフルの講釈を受けると、今までの代では男の数の2~3倍近くは女子だったという話だ。
長子継承という概念がないから、家の存続という点でしか見ていない。
だから手元に皇女を残し、仮に優秀な婿候補で王家を盛り上げるなどは、多用された方法だったという。
未婚の娘(皇女)は現在4人。
いずれも征服王と送り名を与えられた、皇帝の色濃い部分を受け継いでしまった醜女との事で適齢期であるのに全くの買い手が無い状態だという。
皇族出の婦女子の売り買いも、奴隷市民のそれも同じことだ。
ただし、皇族の場合は王家という財産がついてくる可能性があるという事だけだ。