-736話 姫巫女降し ⑯-
まもなくして、三皇子の崩御という報せが入る。
半年近くは粘った方だろう。
変な小細工もやめて、皇子領へのちょっかいも止めていた矢先だった。
「わりとこの国にとっての損失は大きいよ」
マルは、ラインベルクの胸に指を突き立てている。
すっかり一家の娘に収まった形だ。
他領では訃報が続いてたが、ドメル子爵領では祝宴が始まろうとしている。
エセクターの懐妊が、仲間の修道女たちから告げられたからだ。
ただ、修道女を孕ませる領主を良く思わないものも確かにある。
「いや、何にもねえって話で半年も領地に燻ってたら、子のひとりも出来るだろ...なあ」
マルは目を背けた。
確かに毎晩、体力の続く限りふたりの美姫の相手をすれば――いや、無い。断じて、修道女であり“女神を奉じる神の御使い”っていう聖職者を孕ませる理由にはならない。
師匠エセクターが実は悪魔で、子種にしか興味が無いというサキュバス真っ青な、ビッチだと知れ渡りもすれば、あわよくばってことだろう。
が、それでも人間と言うのは、外見の印象が真実として見える種族である。
本質を見ることができる処まで進化できれば――とはいえ、そこも単調な道のりではない。
「千歩譲ってね」
「そ、そんなに?!」
自覚は無い。
正室であるリフルが悔しがるかと思いきや、その反対に闘志が湧いていた。
エセクターの寝所に現れ、ヤンキーな座り方でガン飛ばし――私は双子を産む――と、宣言して去ったと言うのだ。
「暫くは、リフル姐さまひとりになるけど...回復薬いる?」
ラインベルクの笑顔から光が失われていく。
夜伽と言うのは地獄なのかってくらい血の気が引いていた。
「俺の命、ここで尽きるかも...」
「そしたら、何処かでまた転生するんじゃない?」
「は!?」
「えっと今、死ねばワンチャンでリフル姐さまの腹の中で復活かも?!」
と、脅かしてみた。
マルの細やかな遊びである。
◆
事件と言うのは唐突に訪れるものだと、何処かの偉い学者が言っていた。
宮廷とは少し離れた学寮にある賢者らしいが、ラインベルクとは共通の趣味の持ち主だという。
「な、なんだい...こんな忙しい時に呼び出すなんてよ」
帝都に来たらまっすぐ寄り道するのが学寮だ。
帝国立魔法大学校という割には、敷居が高すぎて在籍生徒数が中途半端に少ない。
金がある奴しか入れないから、自然と敷居が高くなるという如何にもバカげた方針がまかり通っている。賢者とはこの大学の魔法学に明るい教授を挿している――ラインベルクとは“カルス君”と“おっさん”という呼び合う仲であった。
「君だって、儂の授業を勝手に切り上げさせたりしてきたじゃろ...お相子じゃ」
“おっさん”の老け込んだような微笑が飛び込んできた。
「ったく、ちょっと見ないうちに生気抜けやがったんじゃねえの?」
「なら、土産で気力がみなぎるかのう」
楽しみにしている土産、共通の趣味。
二人は無類のロリコンであった。
対象は勿論、マルである。
スライムの成長は、良く分からないが恐らくは魔物という中ではやや早い方なのだろうか。
拾った時は間違いなく幼女だった。
胸はすとーんっとまっ平で、ぱっと見は女の子では美少年めいた雰囲気があった。
ラインベルク的にはそういう、中性的な少年でもストライクゾーンであるから、ショタからの絡みが出来るかもと考えなくは無かった。
「お前は、見境ないのう?」
境界線を引く理由など必要かと、思うことにしている。
人間何処かで、道半ばにして死ぬかもしれない。そういう死生観めいたものを持つと、生きることとやっておきたい事が漠然と見えてくると話している。そこで禿道だというのだ――かつて、男同士で睦合った時代があったという、禁断のボーイズラブ。
「いや、それは儂には分からん」
「おっさんも良ーく考えてみろよ...強要はしねえけどさ、例えば自分の手の独範囲での...そうだな教室の中に見目麗しき、美少女かと見間違うような少年が居るとする」
ごくりと、教授の喉が鳴る。
「その少年はさ、おっさんの事を教授と言って慕ってくれるわけだ。柔らかそうな細い指を、法衣の袖に絡み付けるように引っ張って――放課後のひと時、空けておいてください――なんて小鳥のさえずりのような声で、誘ってくるシチュをよ」
教授に具体的なイメージを植え付ける。
これは、マルの分身たちが給仕の際に、客へ刷り込ませる魅力魔法の応用だと言った。
別段、意識していなくてもイメージしやすい何かに置き換えてしまうので実害はない。
ただ、お客さんの手を握って「お釣りです」とか「また、来てくださいね」なんて感じで、繰り返し触れ合う事で、客は疑似恋愛を脳内で組み立て勝手にストーリーを作るのだという。
マルのこの行為に対して、ラインベルクは“ズルイ?! それ、まんま詐欺じゃねえか”と叫んだという。
「な、なんと破廉恥な」
「だろ? いいんだよ...で、こん少年と蜜月の逢瀬、そそるだろ。硬くなってきたろ...」
年甲斐もなく熱く滾りそうになりつつも、
「土産は?」
と、催促して見せた。
あくまでも美少年ではなく、美少女で萌えるのだと自分自身に言い聞かせる為の請求だ。
「ちっ、あと一息だったのに...」
革袋ひとつを放って寄越す。
ラインベルクの表情は無である。
「これは」
「そうだな今は入手が厳しくて、なかなか手に入らない代物だ。あいつも知恵を付けやがってな、なかなか気を緩ませなくなったんだ。だが、そうなると希少性は高くなるよな」
革紐を緩めると、袋の中からフルーティな香りが鼻を擽った。
「あれも一応、女の子だから香油を変えたりとまあ、色々奮戦しているみたいでな。それは、脱ぎたてのブラウスだ。下着の一枚でもと思ったがソコはなガードが...」
「いや、これはこれで良い!」
( ゜Д゜)b――なんて顔をしてやがる。
マルが知れば、ふたりとも消し炭にされるのは間違いはない。
ちょっと汗をかいたと言った彼女が脱ぎ捨てたシャツを、部屋に潜んでいたラインベルクは掻っ攫ってきた。当然、潜伏中に見つかればタダでは済まされない。命がけの攻防の戦利品である。
「で、事件って何だよ?」