-733話 姫巫女降し ⑬-
六皇子の用意した軍は私兵である。
軍役によって自由にできない分を、傭兵でカバーしている。
その数は5千足らずだが、この世界では十分に巨大な兵力だ。
食料自給率によって、軍事力だけでなく住民の数も変化する。
海を拠点に充分な平地と水源があっても必ず、毎年充足感のある収穫高を見込めることはできない。
農政改革が十分に発達していないからだ。
どの領主も収穫高の効率化や発展を考えてこなかった訳ではない。
考えた結果、ブルーメルは他国に侵略し、より豊かな土地から搾取する方法を採ったわけだ。
そうして手に入れた穀倉地帯は、また次の穀倉地帯を要求するようになる。
単なる原因の先延ばし、人口が爆発的に増えてしまったツケの清算をしないまま、外へ外へと拡大していった為に今のような状況を生んでいる。
農政改革には莫大な費用と人的資源を必要とする。
一朝一夕とはいかなくとも、厳しい兵役義務を緩和して、内政の方にも目を向ける必要が差し迫った課題だという事だ。
◆
「ありゃ、始まってる」
のんきな物言いだが、兵力に勝る“六皇子”軍が奮闘している。
兵力では圧倒した数だが、個個の戦闘力は帝国兵よりも若干、下回る雰囲気に見えた。
リフルよりも、剣の腕で後れを取るラインベルクが見ても、旗色が若干悪く見える。
これは、戦ってる当人たちも十分、分かっていることだ。
「やや、これは...ちょっと不味くないか?!」
馬上で指揮をしていた皇子が側近らを見渡す。
彼らも目を覆い、顔を隠し、俯く者もある。
「ここでゴブリンを排除して我が意を、覇を唱えるスジでは無かったか?!」
そういう算段だった。
周到に計画を練ってここまで温存させてきた傭兵団は、帝国式訓練にも参加させてきたトラの子である。まさかの事態でもなければ、小鬼ごときに後れを取られるはずは無いと勝手に思い至っていた節がある。
この場合は、傭兵たちの素性をもう少し掘り下げて、確認しておくべきだった。
金で命のやり取りをする連中の質はピンキリだ。
亡き国軍兵士崩れならば、士族の可能性が高く鍛えれば高い音で響き渡る逸材になるだろう。
が、そんな兵士はごく僅かだ。
「どこから集めたのだ?!」
皇子がやっと素性について問う。
六皇子も他の皇子よりかは出来る方だが、未だ若い粗削りなところがある。
「いや、えっと...」
盗賊ギルドからの斡旋とは言い難い。
新設された冒険者ギルドでは心もとないと思い、そもそも裏社会の伏魔殿に依頼したのが良くなかった。皇子たちは、早い話で“ボッタくられた”のだ。
雇用した際にもう少し素性を調べていれば、盗賊ギルドも少しはイロを付けてくれていたかもしれない。彼らからすれば、詮索されるだろうと思って用意した農兵であるから、これに大金を払った時点で良い鴨と見られてしまった。
恐らく支払った額は、(農兵にして)途方もない大金だったに違いない。
「盗賊ギルドはよせと...ま、言ってないか」
バツが悪くなり首根を掻く。
皇子の目から見ても、5千がどんどん削られている。
半数まで兵が減るのも時間の問題のようだ。
「殿下! 援軍です」
という声に皆が反応して、身体をのけ反らせた。
馬上の騎士すべてだから、最前線の農兵たちは、吹き飛ばされた状態で眼下にたなびく“ドメル子爵軍旗”を見ることになった。
マルの機転だ。
彼女は、配下で子爵を守るための護衛10名に、軍旗を掲げるよう指示した。
これを皇子と傭兵らが目にした事になる。
“矢より、我が身を守れ!”
「魔法城壁!!」
マルとしては詠唱詩は珍しいのだが、魔法使いがこの場にある事を知らしめる為に唱えた。
傭兵とホブゴブリンとの間に魔法障壁が立てられ、ゴブリンたちの攻撃が届かなくなった。
「な、何故ここに子爵が...」
旗色の悪かった側の台詞ではない。
が、男として格好がつかないの理由になる。
ちらっと流し目でラインベルクを見て、背中の幼女にも眉を寄せた。
「素直じゃないと助けないぞ」
「お前は私の視界に入るな...そ、そこの娘は...」
フードを被ってた筈のマルを見て――「なぜ、お前ばかりが女人を...魔法使いまでか?!」
と、何やら根の深い嫉妬の話に聞こえてきた。
マルも“あれ、なんで”と頭のあたりに探りを入れると、ラインベルクに担がれて走ってる最中にフードが弾けて、仮面をつけた彼女が顕わになっていたという話だ。
ピンク色のシャギー、二本のアホ毛、生ちっろい華奢な子がだ。
「あ、いや...俺んとこの軍師だが...いいのか、殿下はその助けは」
「...っ、援軍、誠に殊勝なれば子爵殿、我が指揮下に入り敵の殲滅に加勢せよ!」
一刻は乱れた思考回路を、すぐさま立て直す意志力は流石だ。
だが、わだかまりはそう簡単になくなりはしない。
皇子の眼前に立ったラインベルクの背に刺さる視線は痛い。
《なんかあったの?》
六皇子はイケメンである。
金持ちで度量が深く、才知に溢れている好男子だ。
街の評判、国レベルの評価でも、彼が後れを取るものなど一つもない。
《いや、ちっとも分らん》
引きこもりニートだった、ラインベルクからすれば皇子に嫉妬する方である。
されるほどの功績を挙げていなければ、街や州、国のレベルでも無名にちかい。
強いて言えば帝国宰相と仲が良い――くらいだろう。
《心当たり本当にないの?!》
《全くだ...》
「何をそこでコソコソと?」
指揮している皇子が、ラインベルク肩に指揮棒を置く。