-713話 大魔法大戦 ㉕-
「だって首謀者」
クロネコにとっては、屈辱的な行為を求めてきたから、懲らしめたいという私的な復讐が混じっている。そうでなくても、今、コウモリの翼を持つネコに入らざる得なくなった理由は、彼ら“月の城”のせいである。
「まあ、理解はできる...けど、いい結果にはならないよ。それよりも、マルちゃんがあなたの身体を救出したみたいだから、早く合流した方がいいんじゃないかな?」
クロネコは、やや不機嫌そうだったが渋々快諾。
あまり乗り気ではないが、身体の待つ方へ向かうことした。
◆
「追ってこない?!」
青年は、跳躍スキルの連続使用で、既に歩けない状態にまで達していた。
それほどまでに光る眼から逃れたいと願って、今、ここにある。
都はだいぶ遠くに見えるほど離れた。
「まずはひと...」
振り返ると、ローブを深々と着込んだ者がある。
佇まいは、老人――燃えるような赤い瞳に2対の腕と3対の翼を持つ亜人いや、キメラのような雰囲気がある。だが、青年は警戒を解いて、彼を招く――賢人“熾天使”という仲間のひとりだ。
「見たところ、散々といったところか?」
「ああ、過信していたわけではないが、予想の斜めを来られては対処も難しい」
一部始終を見ていたわけではない。
ところどころだ。
「ところで、燕の方は...」
「あれはダメだ。国として機能していない。あんな城塞に逃げ込んでしまっては、早晩にも内輪もめで瓦解し、空中分解して消滅だろう。まあ、その前に“遼”の曺桓将軍が“公”の身分を約束するという妥協案でも模索し、説得出来れば辛うじて燕王族の血統が絶えることは防がれよう」
そんなに深刻なものか――と、深くため息を吐き、ポーションを飲み干した。
治癒を助ける補助ドリンクとはいえ、味も何もないただの水であるから、どんなに立派な容器に入っていようとも喉が渇いてでもなければ、美味しいと感じたことはいちどもなかった。
「で、お前の傷は?」
“熾天使”が甲斐甲斐しく青年の身体を診る。
はじめの初見は、相対した瞬間に殺されるのではないかと錯覚した。
それほどまでに何ともいえない威圧感があった。
ただ、今、彼の腕や疲労困憊で、膝がガクガクと嗤う足を診ている様子では、印象はまるで違う。
「先ずは、ズボンを置いてけ~」
と、ベルトに手を付ける。
「いや、ちょっと待て...おいおい、俺の力が抜けてる今、この機会を...こらこらこら...ぬ、脱がすなあ! や、やめよう...ま、まだ、心の準備という、おいおい、話を話を聞けと!!!!」
人通りからひとつ外れた獣道。
賢人“熾天使”の張った結界の中で、青年の操が夜と雑木林の闇の中に消える。
その日、犬の遠吠えのような声が、辺りに響いたという。
◆
「その背中の全裸少女は何処で見つけてきたの?」
槍使いは、マルが背負っている肉付きの良い娘を視る。
人形のような虚ろな瞳に生気の少なさを感じた――生きているが、どちらかというと、生かされているような雰囲気にちかい。親指の背に吸いダコがあるとこから、乳飲み子の記憶まではあるとみていい。それ以降のここまで他人を小馬鹿に嘲笑うような、巨乳にしてデカい尻をもつムチムチボディの少女が出来上がった経緯は、涎を垂れ流す姿では問うだけ無駄に感じられる。
「姫巫女さんの抜け殻」
マルも背中に染み渡る熱いものに、涙目になりながら短く答えた。
その熱いものを想像したくないから、早く忘れたいと思っている。
彼女の太腿を抱え込むと、指の間から肉が零れるのではないかと、思わせる柔らかさを感じられた。
後頭部を挟み込む肉の塊――乳房だ。
悔しいが、とても柔らかい。
癇に障るのは、その柔らかさと共に重いという事だ。
ずっと頭の上にあるから疑似的に肩が凝るを体験させられているのが尚、癪に障った。
「あ...」
「あって何? 槍使いさん」
彼女が見たものをマルは見えない。
ヨネも振り返って目撃――「あ...」――不安がよぎる。
「大丈夫、ちょっと待ってね」
ああ、想像したくない。
ドレッドヘアで、ピアスだらけの豊満ボディを持つ女性冒険者の治療にだけ専念したい。
切断された腕は治癒魔法で接着し、四肢の腱も再建を完了させる。
体力や、スタミナなどの回復までは留めおくとすれば、完全回復するころには何もかも終わっている頃だろう。
彼女を虐待するつもりはない。
万が一にも、六皇子の暗示から覚めていなかった場合の処置だ。
「は、はい! 取りましたよ」
「マル姉、もう大丈夫だよ!! 拭いておいたから」
ヨネや槍使いのフォローだが。
剣士はその行為をずっと眺めていた。
「ちょっと考えちゃうじゃん」
「もう、無いから後ろ下がっても大丈夫だって! エサちゃんのお姉ちゃんを信じなさい!!」
いや、そういう意味じゃないと、マルは深く息を吐いた。
反論すると、余計な不安が過るのでやめた。
先ず背中の温かく湿ったソレは、おしっこだろう。
そして今しがた、捻ったとみていい。
再び、溜息が出た。
少女を背負うと決めた時、何となくそんな不幸があると過ったのは確かだ。
《何もかも終わったら、温泉でも行こうかなあ》