-43話 とある彼女の休日-
朝から気怠かった。
前の晩は、気分転換に駅の方、繁華街まで遠出をしてしまった。
父親くらいの歳になる小父さんたちとすれ違う中で、立ち寄ったのがコンビニという小さな冒険だ。人の輪に入るのは未だ、怖い。でも、人の集まる場所に出入りするのは、なんとかなるほどの成長?までレベルアップする事が出来た。
要するに、これは考え方だ。
ゲームだと思えばいい、ロールプレイングで仮面をもって、私は――わたしというキャラクターを演じればいいのだ――と思い至るようになった。
幼馴染の――ゲーム仲間、ベックに誘われるままにINしているあの世界同様に。
それから7時間あまりの睡眠を経て、今、彼女の意識はハイファ(ハイファンタジー・オンラインの略)のマイルームにあった。
就寝しながらINするという器用なことをしつつ、マイルームを見渡すと、リアルな自分の部屋がトレースされてあった。
「あー、汚部屋だ...」
滝汗ってこういう状態をいうのかと、彼女の背中はぐっしょり汗まみれである。
気恥ずかしい気持ちと、億劫、倦怠感で何もしたくないってのがぐにょぐにょ混ざり込んでいる。
ドアの先は、リアルならばアパートの外へ通じる。
これがゲームであるなら、当然その先は、クランの大広間に繋がっている筈だ。
「っふ。だけどこの汚部屋に誰か呼べる? いや、無理」
って、自虐だけは勝手に炸裂している。
幼馴染のベックは、大学生をしている。
彼女は、無職透明な生き方をしている所謂、ニート族だ。
洗濯物は部屋干し、食事は2回それぞれコンビニのお弁当で、新聞は大事な防寒グッズである。FXでそこそこ稼いで、親には頼った生活ではないものの若い女の子の生き方ではないかもしれない。
そういう劣等感だけは常に感じていた。
それでも、他人の目や口が怖いのだ。
少し前までは、ネットでさえ嫌悪していた。
ベックの『怖いなら、空想の誰かを演じればいい。非難されるのは、お前じゃなくてその空想の奴って思えば、少しはお前を守れるだろ?』と言ってくれたのは、素直に嬉しかった。
それに人の暖かさを久しぶりに感じたのもベックが、彼女の手を男の子の力でぎゅっと握ってくれた。
意識したことは無かった。
隣に居ることが当然だと思っていた時が確かにあった。
高校に入るころに生き方が変わるとは思わなかった――『俺、彼女の学校に行くよ』と言われて愕然としたことは、今も記憶の片隅に残っている。
心の支えだった。
身長ばかり、体格も大きくなったけど、心は少女のように脆くて儚げだ。
バスケかバレーでもすれば恵まれた身長だと、恐らく言われただろう。
竹を割ったようなサバサバした雰囲気が先行しているが、ボーイッシュでもなかった。
巨人族とか、セフレでもありえないなど言われて不登校になった。
きっかけはもう、思い出せない。
「とりあえず、洗濯の汚物だけでも洗わないと――」
と、重い腰をゆっくり上げ、部屋に脱ぎ散らかしたボックスショーツとブラを摘まみ上げる。
「ネットで買い漁ったとは言え、いや、こんな下着...見せる相手いないわ」
完全に病んでる女の子の衝動買いだった。
総レースによるアシメデザイン・セクシーショーツという見出しを無視して買い漁った。
隠せる部分の狭いことこの上ないその布は、使用、未使用を含め床に散乱している。
まあ、履き心地としての感想は微妙だったが、その後に大量に購入したボックスショーツやボクサーショーツの方が何倍も性格に適した下着だった事は言うまでもない。
まあ、買ったのだから使用しない訳ではないので彼女の今の下着は、セクシーショーツの“白”だ。
「こんなノッポな女にエロい下着なんて」
鏡の前に立って自分を見ている。
胸を腕で隠しながら腰のあたりを重点に見る。
「手入れだって...やっべ脇から毛が」
「うん、ちゃんとVラインは処理しないとみっともないよ」
「だよなあ...でも、まあ私をこの姿に剥く奴なんて」
と、言い放ってからどっと脂汗をかき始める。
「幸い、毛質は柔らかいからハサミを少し入れて、カミソリで整えれば――」
頭上から降り注ぐ敵意の視線。
腰のあたりにまとわりつく黒い小動物と目があった。
「どこから入ってきた?」
黒い小動物は、ドアを指さしている。
「...」
「ピッキングをして部屋に入り、あまりの居心地の良さに暫く住み着いた――座敷童です」
って、頭上に拳骨を貰った。
『きゃー』って声を発すると、彼女のふとももから剥がれ転がる。
「何枚くすねた?!」
「何枚、その懐にいや、私の使用品をコレクションにしている!!!」
怒髪天の彼女。
薄暗い部屋に浮かぶ金色の目を持つ巨神?いや、月の女神みたいな雰囲気で直立。
パリッ、パリッと火花みたいな放電もみえる。
「ちょ、いきなり攻撃するのナシ! 絶対にナシ!!」
徐に懐からショーツを取り出し匂いを嗅ぐ。
「やっぱり女神様だーね... 殿方を知らぬ初心な香りだよ」
黒い小動物が嫌らしく微笑む。
床の上を転がりながら、使用品だけを器用に集めていく。
「余程、死にたいらしいな」
「いえいえ女神さま、ウチは味方ですよー! 特にマルちゃんとベックさんの仲を、切り離したいだけなのですから...」
悪魔のささやきにも聞こえた。
小動物は――
「乙女の恋焦がれる殿方をウチは、知ってますから」
物陰に目の光だけ残して、小動物は呟く。
「こんな大胆なショーツ、剥いて欲しいのでしょう?」
小動物の息使いが部屋に木霊する。
ねっとりとした黒い粘体が心の隙間から入り込んで、内側にしみこんでいくような雰囲気。
いや、少し前からその気配はあった。
マルという女の子を勧誘した時から。
『ベックもやっぱり小さな女の子が好きなんだな』と思ってしまった瞬間から――。




