-705話 大魔法大戦 ⑰-
剣士は強くなった。
槍使いとエサ子を傍らに付き従わせながら、都の中で一番禍々しい地域を目指している。
が、ハティはその場にいない。
彼は、城壁の上にあった。
件のタイミングについて思案していた。
「お前さんは、行かんのか...一緒に」
と、やや遠巻きに黒装束の者が現れる。
北天の武人と似た性質だが、明らかに別物である。
飄々としていて、掴みどころがなく。だがしかし、とてつもない重圧を纏う。
「ほう、これが甲蛾衆か」
コクりと頷く。
頷かれても、ハティから見れば“忍者”ではない事は一目瞭然だ。
丸腰のように見えて、そうではない事も、化け物同士の直感で分かっている。
「俺は、密偵のように動くのは苦手でな、まあ、あれだ兵法家という視点で...国に使えているクチだ」
先々で直接遭遇する事のなかった、タイプだと理解はできる。
ただ、将としてみても、ハティのように大軍を率いるような雰囲気もない。武人と、武将はごく僅かなところで差がある。大勢を動かすには、集団を“個”としてまとめ上げるスキルが必要になる。
これは経験と技術力が必要だ。
軍師にも似た資質が必要で、スキル取得傾向は将軍に似てくるわけだが、武人は個人だ。
カリスマに似た疑似スキルを集団に刷り込むことで、群体構築が成立する。
だからハティが対峙した時の違和感は、そのまま力量差で跳ね返ってきた。
《こいつは強い!》
両人がそれぞれの感知器官を要して、知りえる現実だ。
「で、ここで何を?」
無駄な気がしたが、問うには居られず言葉を発していた。
「あの青年は、強くなったな」
と、鬼は告げる。
全く違うことが返ってきた、それに唖然とする。
「ああ...」
「いやな、スキルの再取得、それ自体は可能性の問題として考えてきた。全くゼロにして、別の何かを取得できるのかとかな...スキルを覚え、成長する過程は“個”の成長そのものだからな」
「何が言いたい?」
「要するに、忘れるとか捨てるなんてレベルじゃなくて、基本として上書きか或いは上位補填なのではないかと言う話さ。例えば、短剣か小刀術あたりを学ぶも、いずれかの理由で剣術の大系を学びたくなる――」
「ああ、そういう事もあるな。極めた先にも、多くの選択肢があると分かっている身としては、先ずは究めることを最優先にしろと...弟子になる者には伝えておきたいのが師たる者だが...」
「若い奴にはその我慢というのが、接待的に欠損している。まあ、それは今はどうでもいい。故に、剣術に立ち戻って“片手剣”を学ぶとしよう...ここで問題だ。取得枠って何だってことだ...学ぶ機会は均等であるにも関わらずな...で、俺は思う。既成概念を否定すると」
「すると?」
「スキルの取捨選択ではなく、個々人の“こうでありたい”という立場や職業に則して、スキルの上書がある条件下で、可能なんじゃないかって事なんだがな...お前らの誰かが知ってるんじゃないのかね?」
鍔迫り合いが、見えない刃で繰り広げられている。
壮絶な戦いで、何度も相打ちが続く。
魔人なみに成長を遂げた、鬼人なんてのはハティの経験でも知りえない。
「知ってるとして...それが」
「いや、何...俺は武人だから、剣の高みというのを信じていない。もっと上、もっと先があると思っている。まあ、其処へは既に君たちのひとりが到達しているようだが...俺も、上がってみたいわけだ、その土俵の脇でもな...」
これ以上強くなってどうする――と、胸中で愚痴りはしたが、内心は“面白そうだ”と思ってもいた。
その感情が表に出たのも久しぶりだった。
「いいね、貴殿も同じタイプだったという訳か」
双方が実際に抜刀して、切っ先は双方掠りながら、虚空を切り裂いている。
剣圧により、ハティの剣は風の刃となって城壁の山林をなぎ倒しているし、黒装束の鬼人のは城壁の内側、家人もあろう家屋をなぎ倒していた。それぞれの被害は甚大で、内乱とは別の災害扱いとなっている。
「いや、暫し...」
「ああ、俺がここにある理由は一つだ。貴殿らの軍師より受けた依頼は、すべて完了した。その報告の為だよ」
武人は城壁の縁に上がると、暗闇の中に身を投じて消えた。
単純な解釈は難しいが、ハティの胸中でも一応の解決は見る――帝国と取引していた――と。
◆
ヨネは、走っている。
黒い霧から起き上がってきた、冒険者たちの影からにだ。
彼女の記憶の中の冒険者とは、己らを“勇者”と告げた者たちだ。
スライムは、か弱き種族だ。
見つかれば、食材として狩られる種もある。
この世界のスライムロードは非常に数が少ない。
だが、その代償として巨体であり力も強く、タフで無慈悲な魔法特化も獲得しているが、勇者たちの闇討ちで、年々と数を減らされてきた。
マル直系の一族も、僅かばかりしか残っておらず、ヨネはその末子に当たる。
故にコメ家の保護下にあるわけだが――今まで返り討ちにした、怖い“勇者”たちがヨネの後を追いすがってきている。ちょっと子供っぽいが悲鳴と鳴きながら、無我夢中で走っている最中だ。
誰かの胸に額から飛び込んで、弾き飛ばされた。
「ヨネちゃん!」
声を掛けられ、手を取って起こしてくれたのは、エサ子だ。
どうしたの――という言葉も掛けてくる。
霧の動きが彼女の背後十数メートル辺りで止まっている。
これが範囲最大というところだ。
「冒険者が...」
やや、錯乱状態にある。
彼女ほどの治癒士で、かつ魔法詠唱者の状態耐性を突き破れる精神攻撃とは尋常ではない。
剣士や槍使いでも、迂闊に飛び込めば、卒倒する可能性は十分にある。
エサ子さえも躊躇している。
「え、...ボク?...」
目を左右に流しながら、
「耐性ないから...」
獣化して大暴れする子に、そもそも耐性魔法は効きづらい。
スタンスは悪であり、狂人である。
手の付けられない暴れん坊に理性があれば、そもそも暴れないという矛盾になる。
故に、当たり前だがエサ子は理性がある今の時点で、霧の方へ奔ることはしない訳だ。
「これは...」
「詰んだな」
ハティが4人の背から声を掛けていた。