-701話 大魔法大戦 ⑬-
「何を破ったつもりでも、いざリアルに落ちるとなれば、その一瞬でも隙間に入り込んで蝕んでくれよう、それが我が術である!」
「ほう、ボクは終ぞ、胸を揉まれるのかと警戒したが、なるほど...突き飛ばしたのか」
ふたりして縁際に立って、眼下の黒い霧を眺めている。
青年はぎょろっと目を左端にながして、影を捉えた。
「やあ、小ぶりとは言え、殿方に揉まれるのは聊か抵抗はある。姉や妹...知己のエサ子ならまあ、スキンシップと割り切れるがね。ボクもまだ、恥じらいがあるのだよ...」
と、少女は苦笑している。
「お前は、今?!」
「ああ、落ちたようだね。ボクもびっくりだ...同じものが見えた事にだが...」
眉をぴくりと上げる。
微笑みながら、咳き込んで見せた。
「ボクは先に問うただろう? これらは幻術かと...だから、君に出来てボクができない道理も無いだろう? 冠位とは“到達おめでとう”くらいの意味しかないと。故に、先にそこへ到達したボクが...他の分野に通じてない理由もない。聡明な君に理解は容易い...で、よいか」
少女の姿がいくつも浮かび上がる。
霧の中からひとり、またひとりと立ち上がってくる。
いや、湧いてくると言った方が適切だろう。
「こ、これは...幻、幻術か?!」
「ああ、そうだ。これは君に見せる幻術だ。ボクにも出来ない事は多い...故に、今は対象が単体ということさ...」
苦笑しているのだが、そこまでの最限度はまだないと言っていいだろう。
小気味悪く三日月に整えた口元で、微笑んでいるようにも見えた。
嗤い方が怖いと言うのは、術の強弱の問題で、マルのチューニングを疑うべきなのだ。
青年は、腕を振りながら激しく抵抗している。
足元の霧を払い、腰にまとわりつくのを払う。
「よ、止せ、寄るな化け物!!」
青年の怒号だ。
彼の目の前では気味の悪い嘲笑を浮かべた、顔のないマルが迫ってくるようにみえるようだ。
“キノコ、キノコ”と叫ぶものもあるようで、腰にまとわりつくのはそういう類の妖怪という。
◆
マル・コメは屋上から、当の内部に入った。
屋上では、青年と彼の妄想の産物とが戯れている最中である。
自らズボンを脱いだり、履いたりと忙しいようなので、放ってきたというのが顛末だ。
「ま、百歩譲って足元から湧いてるから...腰に手が回るのは仕方ないけど、ボク...別にキノコ得意じゃないし、どうせなら乳首から責めたい派なんだけどなあ」
と、独り言ちりながら、歩を強気で進んでいく。
すぐ真下の下階に大きな部屋がある。
総長の特別な部屋と言った感じだが、酸っぱくて噎せ返る様な男の子の匂いが充満している部屋だ。ざっくりした印象は、栗の華という生臭さだ。
香を焚いているようだが、換気をしないでなら意味もない。
匂いの空回りほど不快なものはないが、そのくたびれたクッションの中に半ば裸の女人を見つける。虚ろな瞳に、ヨダレにまみれた雰囲気は、可哀そうに抜け殻である。
「なるほど、クロネコの言ったことはこういう...しっかし、ボクより年下で、肉付きのいい育ち方しやがって、皇族ってのはどんなものを食えば、胸ババーン! 尻デデーン!みたいなのになるんだよ」
と、マルは自分の胸を揉む。
悲しく成る行為なので、すぐに揉むのを辞めている。
屋上の方で、青年の痛がる声が聞こえた――幻術の産物が噛み付いてきたようだ。性質が、まとわりつくから、攻撃的に変化している。その内、命のやり取りへと変化するから、そうなった時のチューニングは未だ雑である。
マルの幻術が解けるのが先か、マルが半裸の少女を担ぎ出すのが先かという差だ。
肉付きが良いと、重いは同義だ。
姫巫女を背負うと、マルの後頭部に乳房がのるのだ。
腰を足で挟ませ、太腿に手をかける。
恥部が背中に当り、湿った感触が俄かに感じ広がる。
《なんか、粗相されたきがする》
一張羅の法衣じゃない。
でも、わりと気に入っていたジャージの上下だ。
背中には“冷やし中華そば、はじめました?!”というロゴが、プリントされてあった。
上着を脱げば、体操服の上衣で胸元にゼッケンがある。
ゼッケンには“温玉ひとつ、追加!”とあった。
どれもがお気に入りの逸品である。
「ま、自覚ないし...ああ、そういうことか」
自覚もなければ、悪気さえもない。
要するに阿呆であるから、したい時にしているだけに過ぎないのだ。当然最初は、オムツで処理していたのだろうが、動物的な本能だけはあるとすれば、青年も相当に苦しんだのであろう。
《こんな肉まんが近くに合ったら、ティッシュも、箱じゃ足りなくなるかな》
栗の華の強い香りの正体と、噎せ返るような酸っぱさは、彼女であることが分かる。
やはり実際に歩いてみると、建物全体に良く練り込まれた幻術に遭遇する。
1階降りるたびに、視覚と感覚に大きな差がある事が分かる。
マルの状態異常治癒魔法がなければ、階段の1段でさえ1年ちかくの時間を盗られかねないものだ。これが何十段もあれば、屍や白骨化した鬼が横たわっていても分からない。
すべて、青年の魔法で隠されるからだ。
二皇子らの乱を鎮めたという転移魔法も凡そ、これらの幻術の成せるものなのだろう。
塔を出ると、クロネコを載せたメグミさんが出迎えてくれた。
当然、クロネコは赤面中である。
「クロちゃん! 安心して、まだこのこ貫かれてないよ!!」
と、クロネコに報告するのは背中におしっこを背負うマルの悪戯である。




