-42話 漢の背中-
物語の語部が導くイベントの進行は、初期の頃の記憶とは少し違って映っていた。差異、差分の違いもあったのだけれども、大きく決定的に違った分岐点は“魔竜・バハムートの討滅”クエストの存在だ。
一応、攻略サイトには小さな文字で、注意書きが書き足されていた。
『この情報は、イベント期間中に行われた様々な情報を基に加筆されています』――と。
王都奪還という条件のクエストは、差異・差分に感じられた何れかの分岐点にて、条件をクリアした後に発生すると考えられ、順調、王道だと思われた道は、新たなストーリーを切り開いたものだったと解釈で来た。
国境なき傭兵団のイベント攻略組一行は、今季導入された難易度設定によってバハムートの討滅に成功した。
ナレーションの紡ぐ、勇者一行らも冒険者の手を借りて魔竜を退けたと語る。
この冒険者が自分たちだけを差していなかったとしても、演出的には少し誇らしく感じてしまう。
今までの辛い修行の成果を公式に褒められたような気にもなった。
「隊長――」
「ああ。なんかいいもんだな...」
「ですね」
国境なき傭兵団の中隊は、装備の再点検を行う。
ポーションの数は十分に足りている。魔法力の回復薬である魔力水剤の本数も数える。容器は、高価な薬剤を物語るようにクリスタルで封をされた希少品だ。その価値は、中身の溶剤だけで赤いポーションに匹敵するほどだが、どういう訳か1本足らないことが判明する。
隊の魔法使いは5人しかいない。
その彼らは、まだ、エイテールを飲むほど枯渇しているわけでもない。
寧ろこのまま大きな戦闘が無ければ、自然に魔法量は回復するような雰囲気なのだ。
彼らはざっと辺りを探した。
すると、勇者一行のひとり――ダークエルフの魔女が小瓶を不思議そうに見つめていた。
『これ、私のじゃない』
まあ、その通りだろう。
それは彼女の物じゃない――傭兵団の無くなったエイテールであるのだから。
探していた魔法使いは、『それー!!』と指さして叫んでいた。
びっくりしたのは、魔女の方だ。
思わず落としそうにもなったほどに身体を振るわせ、涙を浮かべて『私、盗んでません!』とエイテールを傭兵団に返している。傭兵団の魔法使いは彼女を責める気は、全く無かったのだが、斥候の耳長いエルフの娘は、意地の悪い笑みを浮かべて格闘家の獣人と、騎士道に燃えるドワーフの前で非難する。
『彼女は、ダークエルフ...月を崇拝する異端の一族。手癖が悪いのも、闇と背中合わせの風習だからかしら?』と吐き捨てた。
特に勇者である少年には、『魔女に心を赦すと、碌な事がない』と言い包めてもいる。
まあ、どっちが魔女なのか分からない所業だった。
「彼女に辛く当たらないで欲しい。これは我々の管理不足によるもの! 我らの不手際でござる」
と、隊長は、ダークエルフの魔女に膝を突いて謝罪した。
エルフ娘の舌打ちが聞こえたかは不確かだ。
◆
「戦士には、二通りの歩み方がある」
身長は2m、いや3mはあろうかという大きな背中がある。
人虎のベックが獣人として変身した姿だ。彼は、黄色の体毛に黒い縞の模様をもつ、典型的な虎族の出身者だ。強いて似た種を上げるとするならば、アムールトラ(シベリアタイガー)と同種と考えて問題ないだろう。イメージはそういう風なものだ。
「ひとつは、前衛ですべての攻撃を受け流し、エネミーの注目を一身に受けるタンクになる」
「そして、もうひとつは、アタッカーとなってパーティ全体の火力を底上げする生き方だ」
獣人化したベックの顔は正に肉食獣のソレだ。
顔全体にも黒い縞を持ち、鼻面は太く短い。
鋭い牙やアイスブルーの瞳は、ギラついているようにも見え格闘家の衣類を纏って居なかったら、絶対に元が冒険者には見えない。そういう威風堂々とした風格を感じられるのだ。
「人間と違って俺たち、人獣族は、身体的な強化が1~2段階分すでに乗算されている状態をベースに出来るメリットがある。デメリットとしては、スタミナの消費が激しく日常的に管理が必要なのが問題点だ」
「だが、こういう肉体強化スキルをイチから再取得する必要はないため、取得可能スキル枠を圧迫しなくてもよいメリットがある。これらを考慮すれば、俺たちのような人獣族は、アタッカー系戦士タイプで成長させ、他種族よりも多くの恩恵を得られると思って間違いないだろう...」
ファイティング・ポーズを決め、聞き足を軸に左右交互から右下、左脇、右上、左下のシャドウを披露する。ベックのスタイルは、パンクラチオンという古代ギリシャの打撃と組技を複合させた格闘技である。
古代オリンピックの競技でもあった格闘技でシンプルだ。
「種族ボーナスや個体成長補正値などの絶対有利という確証めいたものない。最もデメリットの方が多いかもしれない。他に、筋力補正による攻撃やクリティカルの確率アップと引き換えに、スタミナの消費増加なんてのも考えられる――個体差の大きな種族は、燃費が悪いからな」
と、ベックは苦笑している。
彼の一撃は、無強化の時点でも鋼鉄に穴を開けられる。
そういう意味では、元傭兵団・切り込み隊長の肩書は伊達ではない。
まあ、人獣族であると告白しなければ、或いは、傭兵団が人道に背く行いをしなければベックは、カーマイケルと肩を並べる双璧の一人であったろう。
「敏捷は、回避や踏み込みに影響し、洞察力や聴力など身体の部位限定強化スキルを鍛えるのでも職業の質を向上させることができる。これは覚えておくといい」
彼は、再び背中を生徒たちに向けている。
「冒険者ギルドの訓練所は人間向けだから使い難いだろう。俺たちの“ザボンの騎士”を頼れば、お前たちの先輩が時間の許す限り稽古をつけてやるだろう」
ベックの背中は広く大きい。
この頼もしいクラン長が、下級天使の首根っこを叩き折って町中を引きずって歩いてた人だ。
少々尾ひれがついているのだが、引きずって歩いていたのは確かだ。
そのすぐ後に、復活した天使とボコボコに殴り合って痛み分けをしている。
が、今、彼にとって最高のモテ期到来中だ。
ただ、ルーカスがINしていない。
それが気がかりだった。




