-697話 大魔法大戦 ⑨-
「決戦という事かな?」
総長が問う。
少女はまだ、塔の縁に腰を掛けたままだ。
「この塔さ、言うほど高くないんでしょ?」
いや、見た目以上だ。
満天の星空に高く聳え立ち、巨大な月へと届くように見える大理石の柱のような塔のことを挿している。彼は、やや俯きながら――「なぜ、そう思う?」
「風が違うから」
「風?」
「もっとね高いと、風の強さが違うのよ。鳥が高く翔ぶ空の風は冷たくて、強いの。でも、ここの風は、柔らかくて優しい...精々高くても五重塔くらい?」
幻術ではないかと、言っている。
術者としては非常に厄介な相手だということが、今、対峙してみるとよくわかった。
彼女との接点はない。
が、クラン“月の城”としてでなら、一方的な思いであるものの初見ではない。
魔法詠唱者協会という組織がPRの為に用意した告知放送で、その存在を知った者たちだという事だ。冠位に到達し、それぞれが魔法という一分野においていわゆる、頂点を得た人々が至った精神世界では、禁書あるいは禁忌魔導書という存在を多数に知られてはならないとする動きに対立しているように見えた。
協会運営には、冠位の魔法使いは居ない。
が、何れは到達し得る頂ではある――禁書の精神世界では、次に到達可能者のステ面を把握できる機能があった。
モニタリングされているという事だ。
マルの名は、その禁書にはない。
まあ、それの制作者で、編纂中に恥ずかしくなって削除したきらいがある。
だから、収録されていた魔法の数々はPNの紅玉姫と置換したわけだ。
「ほう、そういう事か...ま、見上げるだけの鬼人たちにここまで上らせた事はない」
「どうせ、仲間にもでしょ」
ご明察と言ってやりたかった。
ドヤ顔でだが、そこは何となく自己の評価を落とすきらいがあったので見送った。
「やり口が横暴、その冠位だって力を示すものではなく、到達おめでとうってだけの称号に過ぎないのに...傾国を唆せるなんて傲慢の何者でもない。どれだけ自分たちが偉いって言う訳? ただの人であるのにも関わらず」
「その人が、魔法の頂きに立った...およそ、数百、数千と生きる魔力の根源を糧にする者たちでも到達できない頂にだ」
たぶん、思いっきり悪い笑みを浮かべているに違いない。
それでもいい気分というにはまだ、遠く及ばない感じだ。
「はぁ」
マルは息を吐く。
「そうか、自分たちの到達点を勘違いしたんだね」
「勘違い?」
眉間に刻まれるのは深い皺。
瞼がさかり、目端がひきつる。
琥珀色の瞳が金色に火花を散らせた。
「禁書...って呼ぶんでしょ、まあ、覚書って書いておいてのに...書き換えられていたのには驚かせられた。私のメモも凄いグレードアップだわ...」
やや、頬を朱に染め、俯く――
「でも、違うんだよなあ」
「違う?」
「そこは頂きではなく未だ、通過点。だいたいさ、てっぺんなんて人生にないでしょ...自分の生きてきた道を振り返って『ああ、充実したいい人生だった』って安らぎを得て混沌に戻る。次の命を産むための糧になる...魔法はそこに寄り添っている...なんて言うかなあ、手摺。人によっては差し伸べられた手であり、貸し与えられた肩、杖とか...まあ、そんな感じで極めるんじゃなくて上手く使える道具みたいなもの...だよ」
青年は“じゃあ、この冠位は?!”と、マルに詰め寄る。
「だから言ったじゃん、到達おめでとうって。自分たちで、中二病丸出しの痛い名前が増える...創作魔法が造れる権利を得たんだから、ボクから君たちに“到達おめでとう”という意味で、好きな冠位を贈っただけなんだ」
鼻頭を掻くマルの姿がある。
気恥ずかしく耳まで真っ赤にして俯いているのは、中二病丸出しの覚書を崇めていた人たちがあった事にだ。恐らく、掃討拗れた解釈で崇め奉られていたことを今、知ったという事だ。
元の世界であれば、およそ勘違いする魔法使いは居なかっただろう。
魔法使いになると心で定める前に、各国の法院という連中が一体どんな術式で探り出すのか、魔法使いの卵を学校に放り込むのだ。
確かこの世界でも、インド洋のどこかに魔法使いたちの有名学舎があった筈だ。
そこで、人生とともに歩む、魔法の何たるかを教えてくれる。
ゲームというフィルターから入ってきた迷い人には、その知識はなくて当然というところだろう。いや、もしかするとあのままであれば、何れは種証みたいなシナリオが用意されていたのかもしれない。
「な、なんだ、それは...」
「力を持つと、振りかざしたくなる理由は、ボクにも分かる」
身近に似た者がある。
マルにとっては兄弟子と呼べる存在の人だ。
13英雄のイレギュラー、いや規格外というひとり。
傲慢で、意地悪なところがあって頼もしくて、みんなのリーダー格。
「君の仲間が死なないように手配している...だから」
「だから、投降しろと?」
「いや」
青年のなかで何かが弾けた感じがする。
恐らくは自制という鎖だろうか。
「この世界も俺たちを否定するのか?!」
「そうじゃ...」
とてつもなく嫌な予感だ。
青年は、少し前から自分を解き放っていた感がある。
最後の拘束具は心自身だろうか。
それが解き放たれた感じがする。
眠っていた何かだろうか。
「盗る、盗る!!!」