-695話 大魔法大戦 ⑦-
「振り回すだけでは無いのでしょう?」
と、余計な挑発も挟み込む。
頭の上のクロネコの表情に辛気臭さが付与された。
《このひと、根っからの戦闘狂だ》
クロネコの感想だ。
メグミさんの頭の上は絶景である。
足元を歩いてる時の見え方とは、まるで別世界だ。
彼女自身が長身というのもある。
長い黒髪は、もうトレードマークになった。
そこへ、黒い光沢の中に白い線が入る――生まれ変わりの証なのだと、混沌の中の誰かが解説してくれた。
単純に白髪ではない。
そう、マルで言えば、頭の上のアホ毛のようなものであろう。
あれが増えると、魔王に近づく。
現にというのもアレだが、魔王ウナ・クールの頭には三本のアホ毛がある。
次代の魔王として生まれた子であるので、幼少期から2本ほどあった。
即位後に3本となって、今に至っている。
魔力の強さによって増えるらしい。
混沌のソレはそう話した。
だから、メグミさんも当然“アホ毛”のようなものが、生える筈だった。が、彼女はそれを頑なに拒み、結果的にだが“白線”という白い毛が差すようになった訳だ。魔力の桁が増せば、その面積が増えるという仕組みだという。
最終的に真っ白に成ったら――何になるのだろうか。
それは、混沌の中の者も応えてはくれなかった。
「ふん、全く...」
大刀を振り上げると、メグミさんの胴を真一文字切り込む一太刀を貰う。
手ごたえはあったが、何か硬いもので弾き返されたような手ごたえだ。
「うんうん、そうか...なるほど、君、本当に人斬りなんだ!!」
と、メグミさんは感心したような表情を浮かべている。
男は何に弾かれたのかを目で追っていた。
メグミさんの右側には、左手で張った“魔法楯”が展開されている。
彼は、間合いを取り直す。
仕切り直しだ――どれだけ後ろに下がるかが問題ではあるが。
「いや、咄嗟に張るとは大したものだ」
「いや、咄嗟というほど鬼気迫る様な時間の遣い方はしていない。君が振り上げるのと同時に展開したのさ。二刀流の構えってのは結構...見てきたからね、そこからしても君の左腕は遊びが多すぎると思ってさ」
経験という勘で展開できたという。
早くから間合いを取っている“風扇”の翁には一部始終が見えていた。
《何という空間認識だ》
翁の調べでは、ルーカスという男が“ザボンの騎士”というクランでは、最速の刺突剣使いだった。踏み込みの強さから、“神速”というスキルがあるのではと、噂されるような人物だったとも資料は饒舌に語る。
刺突のような物理攻撃には、魔法城壁で当たるのが理想的だが、術式が複雑で即時発動とは言い難い。とは言え、単に魔法楯では、物理攻撃の何割かは防ぎきれないジレンマも残る。
「そこの君!」
刺突剣を翁に向けた。
眉間に皺を寄せている――なぜ、今、声を掛けたという表情を浮かべてしまった。
「魔法楯に耐衝撃と耐久性向上、被ダメージ分散のバフを混ぜれば、強攻撃のコンビネーションでも防ぎきることが出来るよ。まあ、ちょっとタイミングと、相手が何処を狙ってくるのかという予測域を推し量る必要があるんだけどね」
種明かしをする。
いや、これはアドバイスだろう。
要するにピンポイントに、金剛化された分厚い魔法の塊を撃ち込まれる所々にタイミングよく配置すれば、術者でも無傷であるという話をした。悩みが晴れたのはいいが、コケにされた“人斬り包丁”が黙ってはいまい。
翁は、視線を彼に戻す。
「?!」
いない――と、思った。
メグミさんは、コロコロ嗤っている。
『瞬歩!』
別に瞬間移動ではないが、武芸者ではない人々にはその動きが、時間を超越したように見える。
メグミさんの背後に回り込んで、二刀を一斉に振り下ろしていた。
彼の身体には高速で動いていた運動エネルギーも乗っているし、独楽のような動きで回転もしている。が、抜刀していた筈の剣は、既に鞘に納められ彼女は、振り向くと男の胸倉を掴んで地面に叩きつけている。
変な声で鳴いた。
ほんの一瞬の出来事だ。
翁の目にも僅かに一瞬だけ、周りの光が幾本もの細い線のように、走っているように見えた。
瞬きが出来たのはその後の事だ。
「ごめん、ちょっとクロネコを守るあまり、手加減忘れてた」
メグミさんの拳が、彼の胸に半ばめり込んでいる。
頭の上のクロネコは失神中だ。
飛び込んでくる位置は、大方予想済みだ。
だまし討ちしてきたのだから、背後を盗ることも理解に難くない。
あとは予測位置に腕を伸ばしておけば、彼が勝手に掴める一に飛び込んでくるという寸法。
何も難しい事はない。
鬼たちの群衆からは、歓声しか聞こえてこない。
「うーん、最初からアウェーだったから...何も変わらない?」
「いや、他の鬼相手ならば左程、怖くもない数だが...貴方では儂の動きは欠伸が出るのではないかね? 今、こう話しているのも...この距離、意味はないのでは」
頷く。
「まあ、塔の中に入られたら追える自信はないかな」
塔の中に入れたらと、前置きがある。
翁から見ても、彼女は変態の部類だ。
「巫女姫ならば、最上階の祭殿に身柄がある...魂の抜けたような洞なる瞳であるが...そうしたのは我らではない。いや、総長がそうしたとも考えられるが...それは我らの本意ではない」
すっと息を吐く。
「我らは、我らを受け入れてくれる国が欲しかっただけだ。いや、これは虫が良すぎる話だな――国盗りがすべての目的だ」
と、語りそして、武器を捨てた。
彼は降伏したのである。
◆
「翁にも洗脳しておけば、少しは時間稼ぎになったかな」
総長と皆に呼ばせていた男の呟きだ。
その足元に乳飲み子のような躯が転がっている。
「姫巫女の殻では何もできないか」
男は疎ましくも、愛らしい巫女の肌着を剥く。
白い柔肌が零れ落ちた。
男からは、ただ、鼻が鳴った。