-692話 大魔法大戦 ④-
踏み込んできた魔法剣士の一撃を無呼吸の構えで応じている。
それぞれが予定調和のごとくタイミングを計って動いた訳だ。
槍使いの知る青年は、唸る槍を脇に挟み直して、腰に構え直す。これを撃ち込んできた刀身の細い剣の下から弾くように叩き上げさせた。
術者にとっても一撃滅殺の覚悟であるから、素早く持ちてを握り直し、直上から真下へ振り下ろす動作に切り替えている。その際、遊んでいた腕で、浮き上がった上体を力任せに引き戻しながら、落とし込ん腰に重心の全体が載るように動いていた。
青年は咄嗟に槍を棄て、振り下ろされた腕の下に潜り込むと、両腕を交差して受けきる。
左腕を残して、僅かに半身、引き絞り捻りながら右腕“正拳突き”が、術者の鳩尾を突いた。
およそ凄まじい衝撃波が、伴っていたと思われる。
ぱっーん――乾いた音だったか、軽いようにも聞こえたが、明らかに撃ち込まれた身体は、半ばのけ反ったようにも見えた。
堪らず、よろめきながら術者は、口から吐血の華を散らす。
噴き出したそれは、飛沫交じり弾け散った。
密着していた術者の身体が衝撃で、離れる前に残っていた左腕を返して、手首を掴み直して、くるりと反転、青年の腰が術者の懐に潜り込むと天地動転の投げ技へと変ずる。
術者も、失神寸前に“投げられた”と気がついている。
当て身は見事。
身体の動きどころか、スキのない無呼吸の合わせ技は、熟練の戦士だと知覚した。
獲物は刺突でも斬りつけも出来る両刃の剣を特別に打ち直したものだ。
これに火属性の魔法を流し込み、ヒートソード――刀身を高温の熱で覆い、触れても火傷か火に包まれるような、効果が付与される個人技だけに、そのどれもが有効打に至っていない歯痒さがあった。
これだけのデメリットがあれば躊躇なく、刺突を迫れば、半歩は必ず退くものだが、彼は敢えて踏み込んできて懐に入った。
そこへ至る黄泉の違い――いや、全幅の信頼という者だろう――自身の固めてきたスキルへの信頼。鍛えた筋肉は裏切らないという誰かの言葉に似ている。
《っ強い、こんな奴が未だ...》
居たんだという後悔だ。
冒険者の時点では、世界に通じるような者になる為に、常に鍛錬に励むものだが、高みを経験すると、そこで歩みを止めるタイプがある。ことPK戦というのはエネミーキルのようなそれほど技量を必要としないものに比べると、頭脳戦が大半に重きを置くといっていい。
相手も考える者であるからだ。
手数の多さではなく、一呼吸のほんの一撃差。
その点でいえば、青年が退かずに飛び込んできた時点で、力量差があったという事だろう。
場数が違うという点でも、青年に軍配が上がる。
槍使いの身を案じてよくよく死地に飛び込み、陰で彼女を泣かせてきた彼氏だ。
文字通り血反吐を吐いて、師フレズベルグが編み出した、仮想敵を用いた想定武技でコツコツと積み重ねてきた時間もある。相手を豪快に投げ飛ばした後、仁王立ちの姿の青年はどこか違ってみえた。
こう、輝きといったものだろうか。
自信に満ち溢れているのは言わずもがなだが。
妹分のエサ子の瞳が輝いている――それだけで十分だ。
強い兄上が返ってきたのだ。
◆
背負い投げ。
見事の一呼吸体術であった。
投げられた術者にとっては、良い目もなにもあったものではない。
仰向けになって、息苦しくひゅーひゅー音を鳴らしながら、時折、咳き込みながら鼻や口、といったおおよそ穴から体液が流れ出している。それほど強く打ち込んだつもりはない。
が、衝撃波は尋常では無かった。
相手の身体が逃げないように固定した上で、引き寄せながら背中に貫通する攻撃を放っている点が重要だ。術者は上体を反らす事も、インパクトポイントをズラすことなく貫かれたのだ、急所を。そして、ダメージは耐衝撃魔法なので散らすべきところ、生命活動のみに限定した“瞬歩”と“必中”という、防御無視を天秤に懸けるクリティカル倍率増しのスキルに全振りしていたからだ。
ハティの目から見て、喉を鳴らす戦いが出来るようになって戻ってきた印象だ。
エサ子はもちろんの事、槍使いも青年の成長にそこまで気がついていない。
そもそもエサ子にとっては――お兄ちゃん大好きっ子であるから、彼が強かろうが弱くて足手まといで在ろうが、関係ないという点で彼女本来持つ、慧眼を曇らせている。
槍使いは、公私ともに彼女という位置づけだから、頼もしい彼氏は大歓迎で在ろう。
ハティとしては複雑だ。
フレズベルグに対しては、身分の差こそは在っても嫉妬の対象ではない。
いやそもそも、そういう目で彼を見たことは無かった――人間の弟子を持つ――『閣下の気まぐれとはいえ、貴殿もお辛いですなあ』と、皮肉を言ったことはある。その後、青年と旅をしてもどんくさい肉袋風情としか見ていない。順位からすると、槍使いとの間に、荷馬車を引く馬や牛が入るほどに蔑んでいた。
これが化けてきた。
ひと月、いや、ふた月半は掛かっているだろう。
これまで、駆け足で北天京の攻略に掛けた時間は半年も掛けていない。
幸運な事に、方々で準備が整っていたからだ。
後はタイミングだけ。
「タイミング...だけ?」
俯き、再び青年の背中を見る。
エサ子と槍使いが彼を迎えに行っていた。
ふたりの戯れる姿は久方ぶりのように思える。
《いや、タイミングなんてどこで計ってた?》




