-690話 大魔法大戦 ②-
「焔よ、貫き我が意を示せ“火槍”!!」
屋根の上にある、術者の放った一本の槍が一行を襲撃した。
ハティが抜刀するよりも早く、槍使いは素早く動き、そして反応していた。
投げた獲物が空中で炸裂し、双方が“槍”は明後日の方へ弾け飛んでいった。
「ほう、俺を無視して立ち去るだけの力量は、あるという訳だ」
そういう勘定はしていない。
槍使いは胸中での呟きだ――もとより相手にしていなかったと認めよう。先を急ぐというのも方便で、結局のところ、エサ子が十分に活躍できる場所を探していただけなのだ。屋根の上でしゃがみ込んでいる優男では、役不足だと思ったから無視した。
一撃を交えて、それを少し訂正する。
優男は、見た目とはやや違ったあたりのタイプだと再認識したところだ。
彼女が利き腕を翳すと、瞬間移動でもしてきたように槍が戻ってきた。
そういう槍もあるという事だ。
エルザン王国内の聖女伝説が一番、濃かった地域に旧い社があった。
建立の起源は古く、社殿の銘は“執政官ラインベルク”と刻まれていたが、彼にそんな器用な事は出来ないから、金を出した人的な感覚に近かろう。その社殿に封じられていたのが、槍使いが手に持つ二又の鉾という訳だ。
聖女がぶんぶん振り回して、悪鬼羅刹が如き“ラインベルク”帝の軍を薙ぎ払ったものだと伝えられていたものをこっそり抜いてきた。
いやちょっと違う、簡単に言うと盗掘してきた。
さぞや、今頃は奉じた御神体紛失で、国が荒れている頃だろう。
「手ごたえどころか、へ、変な...獲物を持っていやがる」
二又の鉾は、彼女の身長から推測すると2mもない事が分かる。
およそ5尺余り。
風を切って、唸るように振り回している。
随分と手慣れた手つきだが、時々、すぽっーんと、手元から抜けて飛んでいった先を、全身甲冑の少女と、長身の狼顔の男が見送っている時がある。
槍使いは動じることなく、槍をぶん回している動作を続けていると、再び唸る風切りの音を響かせながら、彼女の手元に槍が戻っている感じなのだ――で、またすっぽ抜ける。その先に屋根上の術者こと優男の方へまっすぐ飛んでいった。
彼は、咄嗟に上体をのけ反らして回避する。
「っ、この野郎! あぶねえだろ!!!」
時々すっぽ抜けるなら、回せねえ速度でぶん回すなと、怒っていた。
これが賢者“火神”と二つ名を持つ者との遭遇である。
◆
北天京の北城門前で座している者と、六皇子らが対峙していた。
商店の軒下にあった長椅子を運び込んで、その上に雑魚寝するふてぶてしさ。
更にその周りを片膝を突いた、黒子のように頭巾で顔を覆った連中がある。
数はざっと1000人足らずだ。
「よう、ご苦労さん...御漬物だっけか?」
ドレッドヘアに、ピアスをいくつか耳や唇に通した風貌の雌ゴリラが声を掛けてきた。
月の城に雇われた傭兵のひとり。
“人斬り包丁”と同じ経緯の者だった。
「素直に通して貰えないか」
六皇子らも布に封じた獲物をそれぞれが持ち、構えて始める。
「ああ、気にしなくていい...お前らの臨戦態勢が整い次第、殺し合いを始めようぜ」
余裕があるという雰囲気か、寝転がったまま暫し支度が整うまで待つ。
雌ゴリラは、亜人種としての外見的特徴だ。
人虎や人狼、人犬に蜥蜴人なんてのもあるから、猿人だっていない事はない。
ただし、人気がなかったのだ。
タフネスや瞬発力、瞬間火力の高い物理攻撃にはボーナスやクリティカル倍率の高い特徴があった。が、そういう優遇さがあっても、毛むくじゃらの人っぽいサルより、人を選択する者が多かったのだ。
次に多いのがエルフである。
クラフトボーナスと大成功倍率の高いドワーフや、コボルトも、人気が分散していた程だ。
暫くすると、六皇子率いる約6万余りの軍団は甲冑を着終えて、対峙するに値する状態となった。彼らを一瞥しながら、まあ、満足気にゴリラは鼻を鳴らしている。
あちらも、準備万全といった感じなのだろう。
「なあ、あんたらに問う」
六皇子が水を差す形で――皆の動きが止まる。
「あん?」
確実に不機嫌な声が聞こえた。
雌ゴリラのやる気は萎えるどころか、寸止めに近い形で止められて苛立っている。
「戦いは避けられないかな?」
「何でだ」
「俺たちの目的は、あんたらの殲滅じゃあねえからだよ」
黒頭巾らをゴリラが見る。
彼女の背後にある者たちは不動だ。
何を考えているのかさえ、表情を読むことはできない。
「それを聞かせて、あたしが矛を納めると思うか?」
「思わんな、だが、見返りがあるとすれば...では、どうだろうか」
鼻で笑われた。
こめかみを指先で掻きながら、首を傾げている。
「なっちゃいねえ、なっちゃいねえよ...皇子さまだったか?」
「ああ」
「それは、交渉じゃなくてあたしを分かっちゃいねえ。拳で語るのが筋ってもんだぜ。こんな問答、いや口上だって何の意味もねえ。誰がノーリスクで門なんざ開けるかよ...まあ、身辺警護っちゅう名目で雇われちゃあいるがね...あいつらは、傭兵らに思いっきり戦える場所を与えてくれるって、言ったのさ」
最初から交渉は無理だった。
が、オズマを長とする分隊が、別のルートから城壁に梯子を掛けることには成功した。
これは、その為の時間稼ぎだった訳だ。
皇子という囮で兵を進ませる策である。
「っ、やっぱダメかあ」
「おお、とっととおっぱじめようぜ!!」