-687話 六皇子の帰還 ④-
六皇子一行は、“武陽”市に逗留した。
黄天国境まで目と鼻の先で足踏みである。
バルカシュでの防衛戦で散々だったことを苦に思って床に伏せるとか、酒に溺れているという噂が流れている。または、同市の娼館宿で暴力事件を起こしているとか、まあ、殆ど良くない話ばかりが黄天に届くわけだ。
その実態はよく分かっていない。
都市政庁が入城を制限したり、遠ざけていたりするからだ。
北天の斥候でさえ潜入を試みて、打ち捨て御免の采配を振るわれたばかりだ。
「容易には」
黄天の“金右衛”衛士からの話だ。
斥候だけでなく、使者として、王宮に両翼ありという近衛のひとつが動いたが、やはり皇子たち一向に合う事が、叶わなかったと告げている。また“容易には”とは強行したら――『これ以上の詮索は、賊とみなす行為である!』と言われたのだ。
黄天の王からは――「アレの好きなようにさせるが良い...が、兵権だけは縄を掛けるつもりで当たっても構わぬ』とやや矛盾なことを言っている。もう殆ど言わされている雰囲気だった。
「まあ、こういう荒事は元より、“金左衛”の仕事。我らは、禁中の守護であるからなあ」
右衛指揮使たる将帥の嘆きだ。
嘆いていても、武陽の城門は固く閉じている。
「やはり、ここは...」
「王命であるとでも、告げよと申すのか?」
指揮使は俯く。
控えている配下たちの前で三度、四度と溜息を吐くのは得策ではないし。
格好の良いものではない。
“王命である”が使えないのは、皇子の出方を決めてしまう恐れがるからだ。
門前で拒んでも、その時点で謀反人にさせてしまう事への危惧だ。現実的に、城門を硬く閉じて王からの遣いを拒んでいても、それはいくつかの理由で水に流せる。
まあ、多少の罰は受けることになるだろう。
それならば“失敗”で片が付くことだ。
「皇子を窮地に追い込む真似はしたくないなあ」
◆
“武陽”市は、“安梁”王国の都市である。
事前に王都の“洛邯”に立ち寄り、王妃に了承を得て籠城している状態だ。
きな臭くなれば、この“安梁”の王家が乗り出す仕組みである。
とは言っても、仲裁であるが。
それで多く見積もって、ひと月は稼げるだろうという話だ。
理由は簡単だ――本来は、同時多発的に乱を起こして注意を削ぎ、月の城を孤立無援にすることにあった。が、“斉”の介入によって“燕”王国が途中退場してしまった。
現在、遠征中の兵らは祖国が、陥落していることを知らされてない。
ただし、この誤算はいい方向にも向いた。
“安梁”からと“斉”からの挟み撃ちで、“黄天”にプレッシャーを与えていることだ。
「殿下」
ややズタボロな兵士が、宿屋に転がり込んできた。
皇子が数日前、野に放った兵士である。
目的は“斉”王国へ返書を送り届ける為だ。
「守備は?」
「いえ、受け取りませんでした」
「何故だ?!」
返書の封はされたまま皇子の下にもどる。
が、明らかに中身に違和感を覚えた――返書を挿げ替えて寄越した文の中で“礼には及ばず”という一言がある。それ以外の長い口上は、見せかけである事が分かった。
「だが、こうでもしないと連絡が取れないのも不憫だな」
「それから...」
兵士は周りの者を見る。
部屋の中をぐるっと見渡しただけだが――。
「人払いが必要か?!」
「いえ、むしろ権限のある将の方々には是非に」
と、5千人将以上の将帥を皇子の周りに集め、重厚でむさ苦しい男気溢れる輪が出来る。
「ち、と...暑いな?」
咳き込みながら、それぞれが輪の厚みを解き。
「“蘇”王国が野放しになる為、近々、動くとのことです」
蘇には海洋貿易による財がうなるほどある。
国難故に見過ごされてきた財力であるから、その財力で軍艦から兵士まで湯水のごとく揃えることが出来る。それでも、この拡大政策においては、どの王国よりも投資している筈の国でもある。
余力があるとは、誰も思っていなかった。
「“斉”王はその逆で、ずっと監視されていたようです」
「二面を相手ではキツかろうに...」
黄天を包囲するという点では、すでに叶った状態だ。
“超”王国軍は南下して、その陣は“朱蜂山”城にある。
黄天の北にあり、かつて同国が互いの権勢を賭けて戦った、古戦場でもあった地だ。
七王国が北天と称して、1世紀以上も城として使われていない城塞都市だ。その地に、5万の軍が封じられた。
現時点で、超が用意できるすべての兵力である。
燕王国の亡き、王都には“遼”公国人が入城していた。
不完全燃焼のエサ子もそこにある。
とはいえ、王家の一門と僅かな護衛兵は、燕領北の“白池城”に逃げ込んでいる。
これをもって“燕王家は盤石なり!”と声高に叫んでいるものの、勢いは全くないのが現実だ。
蜀王配下、黄将軍の乱は単純明快だ。
月の城支配からの脱却と言って、瞬く間に王都を占拠した。
警戒されていたのにあっさりと陥落させたのは、その王都に親交のある人物たちを散らしておいたからだという。
やり口は、メグミさんと同じ手法だ。
兎に角、相手に与える隙なく速攻でことを成すという――早きことは風の如し。
◆
「不完全だけど、黄天包囲網は完成した。マルと剣士君は間に合わなかったね...でも、蜀の黄将軍にも対蘇包囲に加勢して貰って、蘇からの横やりを防ぐ。六皇子と皇太子、私たちで有志の将兵で黄天の姫君を救出するよ!」
メグミさんの声が眼前の男衆の胸に突き刺さる。
ある者は、沁み伝わるように咽び泣いていた。
待っていたのだ――“姫巫女”奪還という、この日が来ることを待ち望んでいた。
だから、男たちは泣ける。
「居場所は?」
「当たりはつけた」




