-680話 アスク=マユリの戦い ⑦-
かつて城門だったところには、瓦礫の山しか積まれていない。
そこへ巨大なシールドを掲げる兵が、入城してくる――上空から見ていても、これから何が始まるのか分からない期待と、不安が心を過る。いや、帝国の戦い方は傍目で見てきた。
色んな戦場で、色んな戦い方を見せて貰った。
例えば、単純な大兵力同士の殴り合い。
相対するは魔王軍の巨大生物群らである――大きさは、山に等しいものから数階建ての建築物に匹敵するようなものまで、大怪獣バトルみたいな様相に、人の身である帝国兵は対峙してきた。
それでDrawに持ち込むのだから、存外化け物である。
市街地戦も、街を挟んでよく戦った。
西欧戦線はライン戦だけでなく、斥候レベルの小競り合いが多かった。
両軍どちらも選抜された、エリート部隊であるから、個人差が如実に顕わになり、帝国兵の6割は潰走させられた。が、彼らは「運が悪かったな」で切り替える。
オズマの目を通しての帝国兵は、頼り甲斐があった。
その帝国兵の動向が、今一掴み切れない。
横列に組み、少し動いて息を吐き、また再び掲げながら前に出る。
少しづつ、確実に前へ出るを繰り返す。
その歩みは亀のようにゆっくりだが、何をするのだろうという不安から楯に視線を集めさせられていた。
《俺たち...》
「親父っさん、城壁側を頼む!」
オズマはレシーバー片手に、怪鳥ゴーレムのパイロットを叫んでいた。
鬼人は、帝国を敵対者としてでしか見たことはないから少し鈍い。
兵法は知っている――知っている程度で、実践するまでには至っていない。
敵を知るは、敵の動向を知るだけではなく、心理までを把握する事である。
城壁側に向けられたカメラには、5千の黒山が忽然と消えていた。
地表に何か地上絵のようなものがある。
ズームしてみると、メッセージが遺されていた「ご苦労様」とだ。
◆
「あれが居たのであれば、イズーガルドにて目撃された、ドラゴンの主人も近くにあって可笑しくはない。まあ、龍族などを使役できるような化け物が、魔王本人以外にあるというのも俄かには信じ難いが、実際に使役している事実を臓腑に落とし込んで考えれば...空はあれらの物だということだ。一方的に見られるというのは何とも癪に障る話だが、これも新しい戦い方だと思えば...な」
皇帝がほくそ笑み、“ガンダカルラ”領主も紅茶を啜る。
「しかし、見えているから――と」
お人が悪いという言葉が続く。
城壁を派手に崩したのは、入り口を大きくとる事以外に所作が派手だったからだ。
皇帝三人衆のうち、お忍び大好きの皇帝が視察だと言って、甲蛾衆1000人を率いて“ガンダカルラ”領に逗留したのが7日前だ。領主とは、綿密な打ち合わせで6千の兵を用意し、事に臨んでいる。
帝国の局地戦術を用いてきた辺りから、自分たちを知る者だとしてシフトし直している。
この辺りの切り替えは早い。
魔王軍の戦績が振るわないのは、この切り替えの早さで釣られないからだ。
「これで彼らは過信できなくなったぞ」
嫌な笑みを浮かべる。
個人のスキルと熟練度によって左右される戦場へと変化した。
「陛下?」
供回りが、下忍の数名しか残っていないことを領主は知覚した。
「よい、皆をあの戦場へ送っておいた。まあ、これで五分なら...あれが意図した緩衝地の土台が出来るであろう。いや、もうこれだけ壊しておいて得るものは何もないからなあ...ここいらで退いてもいいのだが」
「1000人は...陛下としても平常心では...」
「もちろんだ。何よりここまで来た余の気が済まぬわ!!」
陣地は、相当離れた地にある。
目玉のお化けみたいなものを召喚術出して、これを使役して皇帝は戦場を見ている。
召喚獣による観察で出来ることは、見るだけだ。
しかも、対象者は皇帝本人だけという条件もある――先の時代では、この千里眼がラインベルクの常勝無敗伝説に貢献、寄与したものだ。しかし、あの頃と比べると異常なまでに化け物が増え過ぎている。
皇帝ゴーレムを通して、帰省先のトイレに籠るマーガレットは唸る。
《この時代はカオス》
◆
屋敷の門前に停車した馬車から飛び出したマーガレットは、タラップの隙間に足先を挟み込んで豪快に突っ伏した。天然のドジっ子炸裂の現場をアリスも目撃した。
マーガレットの腕が、自分の差し出した手から擦り抜けるのを、スローモーションのようなゆっくりと流れる時間で知覚している。あと数センチ前に乗り出していたら、アリスの腕にマーガレットの身体が納まっていたかもしれない距離感覚だ。
伸びている彼女には、もう一つ不幸が襲い掛かる。
時間差で落下してきた、自身のトランクの下敷きになるという不幸だ。
にゅ、ぎゃ、ぎゃふん――めいた声が聞こえた後、気絶。
あたりが血に染まるまで、何となく目撃者全員が放置してしまった。
「なぜ、トイレに籠るのだ!?」
帰省先の無駄に広いトイレのひとつに、扉を挟んでマーガレットとアリスがある。
彼女が籠っている理由は、先刻、救助の手が遅れたことへの非難でもあるが、気絶した折に“バルカシュ”領のお忍び皇帝とチャンネルが合ったからだ――時折、ぼーっとあちらの光景が見えてくるので、そのたびに昏倒してたら身が持たない為に籠っている。
しかし、そこで誤算だ。
アリスがどうも、過保護に心配してくれている点。
「だって、助けてくれなかったし」
それらしく応対する。
実は、これも面倒なやり取りで、皇帝の目を通して、面白い演劇をみるような感覚を楽しんでいたかった。
「いや、それは...ほら」
頭を掻き、頬を拭い、両太ももを何度も擦っている。
下唇を甘噛みしつつ、何度も瞬きをしながら――
「っ、勘弁してくれ」