-676話 アスク=マユリの戦い ③-
バルカシュ城にハトが飛び込む。
領内の外縁にある、見張り台からのハトだ。
少しばかり無理して飛ばしたようで、ハトの息遣いが悪い。
「帝国領が動き出しました!」
六皇子の執務室に飛び込んだ兵士は、臨戦態勢を整えた将帥らの姿を見て驚いた。
予期していたというのは、神がかった話だ。
が、皇子は天井を親指で指し示しながら――「報告は受け取っている。我が領のはじめての防衛戦だ。気合い入れて取り掛かるぞ!!!」と、叫んでいた。
頼もしい男だと見えたに違いない。
皇子渾身の決め台詞である。
◆
軍師メグミさんは、六皇子に“約束”を交わしていた。
帝国兵とは極力ムキになって戦わないようにすること、仙術支隊には遣りたいようにやらせること――の2点のみだ。この点で重要なのは、仙術支隊の方だ。
コメ一家の考えを理解できるのは、彼らしかいない。
六皇子が率いる鬼人の軍は、城の警備に置いた、5千以外すべてを投入している。
そうするよう進言した者があったから、彼も無視せず進言通りに兵を動員したのだ。
「観測結果は?」
皇子の問いに対し、馬上の将たちは首を傾げる中、フルプレートの装いの騎士が隣に付けた。
この騎士が、皇子に進言したものである。
「安易に頼られるのもどうかと思いますが」
と、切り出した騎士に対して、鬼人たちの眉根が上がる。
六皇子の方は、意に介しておらず、やや微笑み程度の雰囲気だ。
「いや、確かにもっともだと思う。...だがな、今までも誰か、んー...為政者に仕えた身分だろう? その者たちから同じように問われたのではないのか。貴殿がヒトかどうかなど、この際どうでもいいコトだが、首を突っ込んだのだから最後まで付き合ってくれるのだろう?」
――こんなバカ暑い地域で、涼し気な物言いが出来る者たちを相手に、仲間割れはしたくないと、言い残して“協力要請”を依頼してきた。ややフレンドリーなやり取りになったが、騎士の方は冑の中で普段以上に涼しい目をしていた。
《どいつもこいつも、似たばかりの連中だ》
どことなく遠い目になる。
兜の中から見える景色は、横に細く狭いものだ。
甲冑の中は、通常サウナ以上の猛烈な蒸し風呂となっているものだが、マルから『“家族同然”のみんなには、特別仕様の“マル印”フルプレートを進呈します』なんて笑顔で、千人分の騎兵隊へ鎧が支給された。
マルと、メグミさんのふたりで開いてる工房で、コボルト職人らと片手間の中で製作された逸品であることは一目でわかる。僅かに残る光沢の中に、柔らかな輝きを見たからだ。
それぞれが手に持ち、思わず声が漏れるほどに軽い。
袖を通した帷子から“力”が湧いてくる。
満面の笑みを浮かべているマルから――『すべての厄災から守護する護法を施してあります。ただ、これを着たからといっても無理だけはしないでください』と、微笑みの中ではにかみながら、涙を浮かべてたような気がした。
武器を作れば、誰かが傷つく――道理だ。
防具を作れば、それを貫こうとする武器がさらに増える。
現実的に争いはなくならない。
すべての武器と思しきものを失くしても、結果的には噛み付くとか、引っ掻くとか、或いは殴るや蹴るなどで代用するのだろうし、もっと小さな細胞サイズまで落とし込んでみても――ガン細胞の増殖なども、凡そ原始的な争いだと言えるだろう。
あれは、栄養分の奪い合いだというらしいのだが。
バフのかかった魔法の鎧の中では、外気温をマイルドに伝搬させている。
空冷ファン付作業衣のような、感覚に似ているともいえた。
実際にファンの音が鳴っている訳ではない。
風属性と水属性が作用して、甲冑内部温度の上昇を妨げているという感覚で良い。
だから、着用者らは平然と動けるという理屈だ。
「――観測結果は、帝国兵は“ハンタウ”に入城したものと」
「ふむ、素晴らしい索敵範囲だな...数は?」
試していると双方に与える印象。
皇子側からすれば、使えるものはすべて使うという方針だ。
逆に騎士側としては、どこまで加担していいものかを探る。
双方で薄ら笑いを浮かべながら――「さて、およそ街に収まる程度かと」――索敵範囲は思わずポロリ的なものだが、戦力の比較ができるかなどは茶を濁した形にした。
インカムからの声は、はっきりと帝国の規模を伝えていた。
それは、上空2千メートルを飛ぶ怪鳥ゴーレムの新型からのものだ。
◆
怪鳥ゴーレムの生産は、魔王軍の兵工廠がある移動要塞“島亀”らによって行われている。
試作の2匹からフィードバックされたデータに基づき、改良の進んだ新タイプが現在の主流製品となる。操縦者は、マルが選抜した魔法技師から、魔王軍の特技兵へと変移した。
特技兵選抜試験によって多くの妖精たちが参加することになったともいえる。
中には、スライムたちも、操縦席のゲームパッドを握る者が出てきた。
新型怪鳥ゴーレムの特徴としては、捜索範囲の拡大と脅威度査定、識別能力や彼我戦力比較査定まで行える。複数の目標を索敵範囲内であれば、方角に違わず脅威度に合わせてマーキングしていく能力がある。
これを地上の友軍部隊と共有しあって殲滅することが出来るという。
怪鳥ゴーレム自体には、自衛以外の武装はなく、脅威を発見するだけで攻略する能力は、今後も開発しない方針であるという。しかしながら、遥か上空から長大な索敵範囲を持つ本機の存在は、それだけで戦争のやり方が変わってしまう。
だからこそ、魔王軍だけが配備するというマルの考えな訳だが――。
こればかりはメグミさんと意見が割れた。
「マルちゃん、楽観的すぎるよ」