-672話 才知の攻防 ⑲-
バルカシュ領内が慌ただしくなってきた。
ちょうど、各王国内で、きな臭さを感じ取れる頃合いとも重なる。
すでに、この時点では、遼公国が反旗を翻したと、六皇子の下にも届いた頃だったので、軍師メグミさんの工作が、順調に行われている事を報告で知ることが出来た。
「まさか、遼が立つとは思いませんでしたな」
六皇子に付き従う、旧知の武将たちで軍議を開こうとしているところだ。
仙術支援工兵のオズマ大佐も、その軍議に加わることになった。
と、言うのもマル・コメによる要請によって、魔王軍のリゾート地から召喚された後、全くと言っていいほど、忘れられていた状況だった。
別段、何をするでもなく城塞内でただ飯を喰らっていたところに声が掛かった。
という、そんな状況だ。
「さて、異邦人としての君たちの役割だが...」
皇子の視線は、鬼の腰当たり位しか背丈の無いコボルトに向けられた。
犬っぽい表情と、ピンと立てた耳をくるくる回している小動物は、怯えているのではなく状況の観察に余念がなかった。
実質――城塞に常駐している兵の数は、10万と満たない。また、城の中を悪戯にほっつき歩いたのではなく、メグミさん曰く『戦闘は否応なく仕掛けられる可能性がある。秘密裏に皇帝との約束があっても、公然とそれを楯にはできない以上、くれてやるところはくれてやるか、緩衝地帯にでもしてやり過ごすかくらいは考えておくと気が楽かも...あと、使える兵の質、あなたなら見てわかるのでしょ?』と言伝を貰っていた。
だから、朝から夕方、就寝に至るまで鬼人の兵質というのを、つぶさに観察してきたのだ。
結果、普通の攻防では普通に戦えると、評価を下した。
この普通と言うのがかなりレベルが低いものだ。
仙術支援工兵隊は、義勇軍のひとつだった。
かつて南欧諸国連合の一翼を担うと期待された、非正規軍でありその当初こそ魔王軍とも、それなりに対応できる戦闘技術と、センスがあったと自負する。だが、魔王軍は緒戦から半年で体勢を立て直し、あっという間に義勇軍のみに焦点を合わせた機動部隊が送り込まれた。
結果的に敗走、いや潰走といっていいほど追い込まれて本隊より散り散りに逃走した訳だ。
今はその魔王軍と、轡を並べるような間柄となっている。
オズマの目から見て、帝国とは恐らく演習でも怪しい評価になると踏んでいた。
――だから。
「その前に、こちらとしても手は打っておきたいと思って、誠に勝手ながら援軍を呼ばせてもらいましたよ...我々でも兵の数は500余り、持ってきた砲も少ないし、そもそも攻城戦ではない以上、せめて野戦いやでなくとも、市街戦は想定した戦いを展開したい」
「市街戦?!」
詰める将軍らの顔色は明らかに不信。
曇るどころか雷鳴でも落とすような雰囲気に変わっている。
もっとも、コボルト風情が――と、口には出さなくともそういう態度の将校はわりと多かった。
マルらに置いてけぼりを喰らった時点で、彼らには肩身が狭かった訳だ。
「ほう、どこに街がある? まさか改築したばかりの新要塞の敷地内で籠るのかな...ワンちゃんは?」
もはや徴発ではなく、嫌がらせである。
オズマをそんな幼稚な将校へは一瞥だけを向けて、
「城塞の北、“アスク=マユリ”市に拠点を置き、ここより東西を緩衝地域にする予定です」
更に鬼人たちの目から殺気がほとばしる。
バルカシュ領は、バルカシュ海を含む巨大な砂漠と岩の荒地で出来ている。
これは、蜀王国の北部を彷彿とさせる佇まいだ。
一応、毎月整備をしないと砂に埋もれてしまう幹線街道があって、そこから外れると“死”が口を開けて待つ、というような過酷な地域に指定されている。また、“アスク=マユリ”より更に北へ進めば、緑豊かな牧草地帯を抱える“ガンダカルラ”帝国領がある。この領主は、一応、バルカシュの出方を傍観するつもりでいるようだが、西にある“ウランベリィー”帝国領の領主は、聊か血の気の多い人物のようだ。
人間と鬼人とでは、ポテンシャルで凌駕していると将校たちは譲らない。
「まあ、そういう不毛なことはどうでもいいですがね...こっちの500人、誰一人も死んでほしくないんで、無駄なことは差し控えさせて貰います」
オズマの態度が良くなかったのか、鬼人のひとりが彼につかみかかろうとする。
本当に体格差で鬼人の方が圧倒的に大きくて強そうに見えた――しかし、天井が見える形で寝かされていたのは、彼の方だったのだ。あっという間の出来事で、六皇子は疎か他の将校らも面食らっていた。
「体格差なんてのは、戦場では何ら意味がありません。まあ、確かにスタミナとか耐性には影響するんでしょうが、身体の小さな我々から言えば、それは単に鈍いだけだから...なんです。鈍いことが悪いわけじゃあ、ありませんが喰らってしまった攻撃が時間差で致命傷になるってのは西欧戦線でよく見てきました。...トロールみたいに再生能力で抜きん出ているからと、真正面からバカ正直突っ込んでいく――当然ハチの巣ですよ。治癒士いらずでも痛みはあるんで、そうなんども矢面に立つことはできません...知らず知らずに鈍い感覚が鋭い感覚に変わる時があるんで...」
「あの戦闘に参加していたのか?!」
あのとは、対魔王軍・西欧戦線のことだ。
人間主体の各王国とともに、グラスノザルツ帝国が大同盟を結んでいるヨーロッパ地域全土の大戦である。こんな大戦争をしているにも関わらず、帝国は南進したり東進したりしているのだから、恐るべき国力と言える。
「魔王軍と対峙したからという理由で、見直したなんて安っぽい感情を向けないでいただきたい。それよりも、あなた方は練度で帝国とはまともに戦えない事実を知るべきです!!」