-671話 才知の攻防 ⑱-
“超”王国での障害は、国民たちだけだった。
彼らにとっては、七王国のうち、六王国からの支援は継続して実施されるものなのかという、一点のみが行動に二の足を踏む形に現れていた。これは、この王国が高地ばかりで、他の王国と比較しても格段に貧困だったからだ。
結果的に、支援この二文字が人質に取られているようなものである。
これは、“月の城”=七王国の意向という見方に、国民の誰もが気がついているという事だ。
“超”王国としても苦々しい思いだ。
国王と市民の間はちかい。
別の言葉で置換するなら、族長とその一党のようなもので、御前会議には市民階級層の議員たちも同席している。国の未来は、そのまま、市民たちの生活に直結するからだ。
そして、その紛糾する会議の場に一報が投げ込まれる。
――“遼公国及び、蜀王国が乱を起こす”――である。
遼は、公子を人質に取られている状況にも関わらず立ち上がった訳だが、蜀王国の決起は耳を疑った。
動揺する市民の中から『もっと詳しく話を!』という、声が挙がる。
超の武人にとっては援護射撃だが、月の城から“超”に賢人が派遣されたら、折角の機運に水を差しかねないジレンマがあった。そこへ、市民議員から“もっと話を”と、声が挙がった訳だ。
将軍たちは、今、知る限りのすべてを市民に説いて回った――仮に敵の斥候があったとしても、既に黄天を囲む2か国が動いたのだ。
次の手は、その次に立つ可能性の国を抑えることになるだろう。
◆
北天七王国の内、殆ど動向が判然としない国が二つ。
ひとつは、学術都市傾向の趣がある“安梁”という王国。
小難しそうな書籍に埋もれる学生たちが、多く囲われている地だ。
戦争にはどうしても優秀な頭脳を求められる。
まあ、勘定の諭しい者や、計略を練る様な者たちをだ。
しかし、未だにこの国からは、ひとりも徴兵されていない。
この国の王という人物が、頑なに拒んでいるからだという。
それは確かに事実だった。
が、拒否しているのは王妃の方だという――婿養子の国王には実権がなく、王妃の許しがなければ穀物庫から麦のひとつも、取り出せないという話なのだ。
そうなると、月の城としては『この国に乱がおきる可能性はゼロに等しい』とのたまった。
北天という国の覇権をめぐっている大事業の最中でも、王妃は、国の財産は若い生徒たちであると叱りつけ、兵士は疎か、会合で決まったとされる戦費さえも、跳ね返したというのだ。
「いやいや、奥方...流石にそれでは儂の面目と言うものが」
カイゼル髭を生やした赤鬼風の男、これがこの国の王である。
王妃の事は“奥方”、“奥方様”、“蓬明ちゃん”と呼ぶようにしている。
そうでもしないと機嫌を損なるからだと、頬を赤らめて応えていた。
「あなたの勝手な口約束など知りません」
怒っている理由はそこではない。
「いや、しかしだな...兵も出さない、食料も...となると...」
「ですから、そこで何故、自らの手で“金を出そう”という話になるのですか?!」
金額の問題でもない――彼女の怒りは、何故、戦争をするのかという一点のみだ。確かに、帝国とは収穫を終えた後に例年のように、戦を仕掛けられてきたが、幸いにしても大損害という事態に陥ったことはない。
この小競り合いの御蔭で、不謹慎だが口減らしも出来て、国内で生産される食物や衣類などは、すべての人々に行き渡る分だけの生活は出来ている。
しかし、拡大路線が始まった初年度は、景気の急上昇で視野狭窄に陥った。
「私の懸念していることを分かっておいでですか?」
「それは...取り越し苦労だと」
「いいえ、あなたは甘いのです! 私たちは、戦争でなくても既に、ひとつ穀物生産が出来ない国の面倒を見ているのですよ? 例えば、碌に動けない者に六人の者たちが、ようやく一人分になるようにパンを分け与えていると思ってください」
「はいはい...」
王妃の相手は、体力と共に気力の消費する。
国王は、彼女の足元に座り込んだ。
その王の下に、彼女も座ってきて、彼の手を取っている。
「今までは、それぞれ6人は五体満足で働きも出来れば、遊びもできました。しかし、ある時、6人は怪我をするのです。各人、怪我の度合いは違いますが、動けなくなると――」
「わかったよ、国力が落ちれば国が衰退すると言うのだろ...しかしだね、そうはいっても今、戦費を用立てておかないとだ。その...衰退が、私の...っ、せいで早まるかも知れんのだが? それは、無視されちゃってるのかな? “蓬明ちゃん”???」
と、王妃を名前で呼ぶ。
少し困ったような視線を向けられ、王妃も大きくため息を吐いた。
「ですから...そういうプライドをお持ちでしたら、即時撤退のひとつでも議題に挙げれば宜しいのですよ。誰かがかっこいいところ持っていく前にでもね...」
2か国の反乱はもう、知っているふたりだ。
それに加担する気概があれば――『戦争を嫌っていると思っていたんだが?』
国王は口を尖らせている。
「はい、嫌いですよ。だって、私たちの武器はゲンコツで殴ることではないのですから。どうせ、傷つくのでしたら、血を流さずスマートに行うのが、ステキにクールなことではないですか? あなた...」
と、王妃は微笑む。
交易などでも舌鋒鋭く戦うというのだから、こちらの方が両国に絆と、利益をもたらす。
確かに一方的なものも存在するが、それで血が流れることは少ない。
不利益な交易も交渉を重ねれば、きっと改善される可能性が残る。
相手を傷つければ、一生残る爪痕でしかなく建設的な関係構築の妨げになると、彼女は考えている。
「じゃ、旦那さまはどうなさいますの?」
やや、渋めな表情に顔を曇らせ――
「発言を撤回してくるよ」