-39話 魔法少女マル ③-
『拡張・超位魔法術式展開! 飛翔氷剣誘導弾ッ』
彼女が叫んだ後、天使たちの頭に妙な印が点灯する。
明らかにマーキングされたものだと魔法使いたちは理解できた。
誘導性の高い無属性魔法弾が存在する噂。
上位魔法使いのフォーラムは、同系同職には随分と心が広い。
噂というより情報の類だ――海を渡ったとある国の魔法使いさえも無属性魔法弾を知りえた時は、その威力と誘導性に舌を巻いたという。発動条件や取得条件は、その段階まで歩を進めてきた廃人には造作もないものだったが、その魔法を分解することはおろか、強化することは出来なかった。
その魔法自体が、超位魔法という分類に入っていたからだ。
超位魔法は、最上位魔法のさらに上に存在するレベルを差す。
スキル上限クエストをいくつか解放した後、200まで完ストさせた状態のことだ。
そして、これを拡張させることが出来る条件は、別のスキルを2つ以上200まで上げる必要がある。
廃人でこれに到達したのは、目の前のマルを含め5人程度だ。
この戦闘の後、魔法使いのフォーラムに“マル”の名が広まる。
出自・転向者は伏せられた形でだが。
◆
天使たちは、それぞれがランパートを発動しマル同様に属性強化に努める。
飛翔剣と呼称された氷剣は、どちらかというと氷の塊が紡錘に尖ったものにしか見えない。
これがひゅっと空を飛んで天使を襲うのだ。
マジックミサイルは、誘導弾だ。
例えば、上空を飛び回ったり、地上を駆けまわるエネミーに対して有効である。が、翼があるとはいえ、天使たちは逃げるのではなく、受け止めてやると防御を固くして挑んできた。が、彼女の目の前にいた天使は、あっさりポリゴンが砕け散って消滅している。
congratulation...という文字が浮かび、戦闘から解放された。
次々に、着弾の悲鳴が聞こえ始める。
天使たちの断末魔だ。
頭のマーキングを消そうと行動する者や慌てて飛び立つ者など人間っぽい。
余裕が消えた瞬間でもある。
それでも、次々にマジックミサイルの餌食になる。
もはや、ランパートで防げるものでもなかった。
「当たり前だ、属性強化を特殊条件下で4倍にしてある...そんなカビの生えた城壁で消されて堪るか...」
膝から崩れ落ちるマルがいる。
魔法少女マルは、皆にみえるように腕を頭上に掲げ豪快にぶっ倒れた。
――マル、絶命――
と、フレンド一覧やパーティリストに灯る彼女の状態異常。
「は?!」
「うぉぉぉぉ! マルーっ!!!」
ベック・パパが戦場のど真ん中を突っ切って走ってきた。
ローブの彼女を抱え上げる。
小さい女の子は、非常に軽い。
フードを取ると、血生臭い原因がそこにあった。魔法詠唱中ずっと呪いで血を吐いていた。
瞳の光は、苦しさに咳き込んで目を閉じていた。
「まさか、全力とは命がけか?!」
カーマイケルが零す。
「おい! お前たちが近くにいてこの状態を――」
「やめろ、ベック...マルがやりたかった事だろ」
ベックの肩をルーカスが力強く引いた。
「分かってる、分かってるが」
「俺は、自分がゆる...え?」
ベックの腕の中にあるマルの身体が光っている。
淡い光だが、脱出のような雰囲気ではない。
「そういえば、こいつ絶命って...教会に飛ばないな?」
しゃんしゃん――何か鈴の音のような物が聞こえてきた。
曇天の雲間から光が差し込んできてマルを包み込んだ。
しゃんしゃん――また、鈴の音だ。
その場にあった皆が、何気に空を見上げる。
しゃんしゃん――4匹のスライムに囲まれた、マル似の長髪で変な葉っぱを持った、お姉さんが降りて来た。服装は軽装な布一枚で、ワンピースっぽく着込んでいる。彼女は、絶命中のマルを覗き込むと、舌なめずりをして、微笑んでいる。
「うわっ、何だこの女!?」
『癒しの聖女と呼べ! 不埒もの、痴れ者、このド変態!!』
ベックにはぺっぺと唾まで吐いている。
そのままの勢いで、マルの唇に吸い付いた。
口の中から魂でも吸い出す勢いもあれば、口の中で舌を絡めて動きまわす。
状況次第では、無抵抗の女の子を襲う痴女だ。
っちゅっぽーん...ふたりの唇が離れると、満足そうに恍惚な笑みを浮かべ彼女は消えていった。
ヨダレまみれのマルが目を覚ましたのは、その直後だった。
フレンドリスト、パーティリストからマルのステータス異常が消えていた。
「うわー マルーっ!! 心配したぞー」
と、ベックが泣きついている。
「えー、聖女様が降りてきて、回復してくれるから大丈夫だよー」
『は?』
「え?」
口の周りのヨダレをハンカチで吹きながら止まっている。
「あれ、何...聖女」
「ああ、癒しの大聖堂を召喚したら出てくる聖女様。癒しの乙女って言われてて、ボク専用の即時回復魔法だよ...」
「あれが乙女?!」
「あれー なんか空気重いなー」




