-666話 才知の攻防 ⑬-
大きく開かれた、建築物に通された賢者たちは、眼前の広場に受刑者たちがいるのを視認した。
「これは一体、いや、なるほど。なるほど、合点がいったわ! これは我に執行を依頼すると?」
獲物の槍を握り直して、構造物のほぼ中央へ躍り出た。
構造物のそれが、円形闘技場だと分かるとやや雰囲気が違って見えるようになる。
「勘違いもそこまでくると、道化だぜ、小僧?!」
グリーンは、椅子の上で踏ん反り返っている。
スライムナイトよりかは、人間らしい立ち振る舞いだ。
「騎士風情が!」
この反応は自然な流れだ。
グリーンは己が何者であるか、などを名乗っていないし、賢者との違いも彼が勝手に推測しているに過ぎない。小僧と呼ばれても、騎士の真似事のような鎧を着こんだ年上か何かかと思った程度だ。
だから、騎士風情が――と、啖呵を一瞬だけ躊躇った、この場合はジジイとでも呼んだ方が良かったのかもしれないと思っている。
「へえ、賢者さまは涼しい顔が似合いとも思えたが、ま、そっちの方が本当顔ってことかい?」
グリーンに声を掛けられるまで、賢者の形相が変化していることに、鬼人たちも気が付いていなかった。
付き人たちは、賢者の後ろを歩いているから猶更だろう。
月の城に所属する戦士級賢者には、感情の一部を制御する術式が用いられている。
しかし、それは制御されているだけで、打ち消したりする効果はない。
生理的な処理がないから、反動はある。
負のエネルギーの反転により、人格の崩壊と言ったところだろうか。
ロボトミーによる従順で、制御可能な人形が“屈辱めいた怒り”でキレた訳だ文字通り。
そうなることは、プロフェッサーも指摘していた。
反抗エネルギーを逃がす方法の模索もしていたが、総長自らが止めさせた。
――なるようになるだけさ。
結果、今までの反動がスライムナイトに向けられている。
目下、賢者“雷槍”の標的はスライムナイト・グリーンに向けられていた。
「浮気はするなよ、俺だけに向けてろその殺気をなっ!!」
◆
一方、帝都に戻る。
お忍びであちこち歩きまわる視察好きの皇帝も、ラインベルクのもうひとつのゴーレムだ。
まあ、ゴーレムだと簡単に言っているが、多少の人格とそれぞれにちょっと違った思考と嗜好がある。
いわゆるマーガレットの思考構造を3分割して、伝送しアウトプットしたものが政務や外交、外遊する皇帝3人衆ということになる。
ニアミスで、鉢合わせになりかけたことは、多々ある。
これまでは、すさまじいまでの強運によって寸でのところで回避されてきた。
その外遊してきた皇帝は、忠臣のアリス邸に足を延ばしてこられた。
庭掃除中のマーガレットと目が合う。
彼女は、思わず皇帝に向かって手を振って挨拶してた。
突然、後頭部に激痛が走り、目の前に火花が散った。
当主のアリスにグーで殴られたところだ。
ややバツが悪そうに、皇帝はその場を後にしている――『何たる不敬な立ち振る舞い、どこぞの子女か問い詰めて、誰に敬意を欠いたものか身体で躾けましょうか?!』と、憤慨する家臣らがある。御付きの騎士たちのことだ。
が、皇帝は『あの目だ、視力の悪い田舎者なのであろう。いずれの家のものと暴き立てることは、余の感知するものではない。また、あの線の細さでは貰い手も少なかろう、ここで折檻でもして身体を壊したと泣きつかれても頭の痛い話が増えるだけだ……そんなことよりも、ここはアリスの邸宅故、あれの躾けはあれに任せるのがよいであろう』と、諭している。
騎士たちは“なんとお優しいお言葉”なんて感涙しているようだが、皇帝本人は肝の冷える話だ。
人格の三分割をした10年前からいや、生命を得たその日から気が付いてはいたが、自分たちの主人はどこか抜けているところがあると。
容姿、美人というような事はないが、憎めない。
いや、むしろ可愛いと言って愛玩される部類だろう。
マル耳ダークエルフ族に居るかもしれない、カントリー娘っぽさがある。
体躯、何を食えばそんなに着痩せする? という雰囲気だ。
病弱とか貧弱ではなく、単に細いという印象が浮かぶ――実際は、幼いボディの持ち主だ。胸はドレスのせいもあるがバストパッドを沢山詰め込んで、大きく見せようと努力している。まあ、ゴーレムたちから言えば、下半身デブだという。
知識、ある一面で言えば天才的、その他は底なしの抜け具合。
どうにかして図形化できるとしたら、六角形のデーターシートに、二等辺三角形みたいな図形を書き込んでいるようなものになる。
その一部が枠を突き抜けているわけだ。
「っ何か?」
「いや、あの娘だ。矯正でもできれば、いや勿体ないなと思っただけだ。気にするな……」
皇帝が女人に興味を持たれた?! と、側近たちは感じただろう。
興味ではなく、もうちょっとまともなら、婿の選択など生来より持ち合わせている、能力か技能でいくらでも見つけられただろうと。
そいう心配を口に出していた。
そもそも、顔は悪い方ではない。
いや、先にも書いた通り、微笑むと犬歯が光る子どもっぽい雰囲気がある。
愛くるしくてつい、かまいたくなる雰囲気だ。
「で、どのように矯正なさりますか?」
「ん? さあてな、モノはいい素材だとは思うが、いや知能がなあ」
芽はあった――という雰囲気で消えた。
家臣たちもやや乗り気だったが、皇族にそちら方面の娘は入れられぬという見解になる。
いや、大本で皆が勘違いして、彼女の知らないところで貶められた。
「それは誠に残念の極み…あ、いや暫く? 陛下はあの娘をご存じで?!」
「あ、うむ。新年の折な、畑で生き倒れてたのを拾い上げたら、粗相をしおってなあ」
これで、また評価が下がる。
ゴーレムは笑い話の一つとして取り上げたが、臣下たちにしてみれば、不敬を通り越して万死に値すると鼻息が荒くなってしまった。
結果的に当主であるアリスが怒られた。
「お前の監督不行き届き故、半年間は減法に処す!!」
アリス本人にとっては、謂れなき不当な処分だと訴えていた。