-662話 才知の攻防 ⑨-
蜀の八皇子は囚われていた。
先発して“心当たりがある”と言った手前では、聊か格好のつかない結末となっている。
その皇子と同じ牢にあるのが3匹のスライムナイトたちだ。
なぜか、付いてきてた。
そして、何の抵抗もなく捉えられ皇子とともにある。
「俺が捕まるのは道理がいくが...あんたらは」
3匹のことを気遣った。
八皇子としての人柄が垣間見える。
「いや、面白いと思ったからここに居る。抜け出すのは簡単だがなあ...釜の飯までは喰っちゃあいねえが、あの戦闘で背中を預け合った仲間を見捨てたとあっては、戦闘狂の名折れってもんさ」
言っている意味が分からなかったが、皇子は微笑んで見せた。
「なんかさ、あんたらと酒を飲んでみたかったよ」
「飲めるさ、何時だってな」
◆
蜀王国は砂と土、岩肌の多い大地だ。
北は荒地、砂漠だってあるし目印が日々、風にさらわれて形を変えるから、長距離の交易にも向かない。目下、南にある“蘇”王国と真東にある“超”王国以外としか彼らの言葉を理解してくれる人々はない。
地下社会も乏しいもので、砂漠の下も砂漠...荒れ果てた地域でしかない。
結局は、不毛ということだ。
ただ、国土が貧しいからと言って、国の力が弱いという訳ではない。
生活している人々の逞しさでいえば、高所で生活圏を営んでいる“超”王国とも引けを取ることはない。陸軍国家というのも伊達じゃあないという訳だ。南側に僅かに残る森林地帯、隆起も激しい高山地域が寄りにもよって広大な国土を分かり易く二分した色をみせていた。
北部は空っ風が吹き、湿気はない。
逆に南部は湿気を含んだ風が流れ着き、隆起した高山に止められて、強いスコールを降らせていくという寸法だ。だから、南部と北部で色の違うの光景を目にする――ただし、緑の部分は国土の3分の1という狭さである。
皇族は、三氏族ある。
現国王である夏一族、先の国王だった王一族にそのふたつの一族のそれぞれに姫を送って取り持つ縁戚の馬一族だ。八皇子の苗字も“夏”であり、名を敦と呼び、字は義士だ。
鬼の道に恥じぬ生き方を貫けと、名付けられたというエピソードがある。
本人は、そんな理由だと今でも思っているが、名づけは国王夫妻ではなく教育係の誰かがつけたものだ。
その当時、兎に角、国王は忙しかった。
あっちこっちで男の子が生まれ、皇子界隈ではベビーラッシュ状態だったという。
だから八皇子の上6人と、下5人は皆、同年代である。
数えるのも面倒になって、名前などを付ける暇さえなかったと言うのだから、可哀そうな話だ。
今でも、国王はその煩わしさを忘れていないので、皇太子以外は溺愛の差配も中途半端だった。
愛を注ぐ量も有限だと言わんばかりの扱いようだ。
八皇子にとって、まさに“父親”がわりだというのは傅役である“黄”将軍だ。
既に閑職に追いやられている立場の老人ではあるが、常在現役を声高に叫んで疎まれている人物でもある。
所謂、面倒な爺という目で見られている事だ。
この黄将軍の下へ八皇子は、スライムナイトを伴って参上し、そして捕まった。
国家転覆罪という身に覚えのある罪状だった。
今しがた『北天に仇成す敵、“月の城”を排除する好機にござる!!』と、吠えたところだ。
唐突な宣言では無かったが、そういう趣旨の話を延々と語っていた。
『あなたもそっち側の鬼人でしたか?!』
と、八皇子の悲し気な瞳の色が、呑みかけの湯飲茶碗に見える。
そして消えた――。
「将軍の判断は正しいですよ」
と、雷槍の賢者は声を掛けてきた。
超軍と共にあった筈の賢者であったが、エルフの捕虜を国元に届け終え、とって返す頃には、戦闘も何もかも終わっていて、バルカシュ城への入城をも拒否された屈辱のひとだ。
聊か、拗れた恨みが無いわけではない。
個人に向けるにはやや、過剰かも知れない分不相応な思いだ。
「ふん...まあ、いいさ」
黄将軍の視線は冷ややかだ。
この歳までに戦士として立った戦場はどれもが、蛮族や魔物たちとの小競り合いに過ぎない。
帝国と対峙するのが関の山だったものを、八皇子は制してきたひとりである。
将軍としては誇らしく、羨ましく、そして妬ける。
複雑な胸中が冷ややかな目になった。
「その目、気になりますな」
「そうかね...刑は明日行う」
「は? いや、将軍...刑とは」
展開の早さに賢者の調子が狂う。
止める気はさらさらないが、仮にも皇族の死刑は早計だと思った。
だが、将軍は賢者の目の前で首を手刀で横線を轢いて見せている。
「当然、国家反逆罪だ! だれであれ死罪は免れん!!! 俺は軍人だからな...こういう事は即断で行うのさ」
◆
メグミさんの身柄は、市井にあった。
豪商“鴨葱”という名で店を開く、男の下に転がり込んでいた。
彼は、腸次郎さんとも呼ばれ、市井の孤児たちの為に学び舎を経営している慈善事業家という側面があった。
「ふんっ、よくも化けたものだね...」
ヨネは、傍らで目を白黒させていた。
腸次郎とメグミさんは知り合いである。
もっとも“バイブルト”の怪異以来だから、こちらの時間でいえば、数年ぶりの出会いともいえる。
「ああ、あの時は俺のカミさんが世話になった」
と、頭を掻いていた。
「しかし、この都であんたらを見掛けるとはねえ、世界ってのは狭いものなのかね」
「いや、私らが“世界”を狭くさせているんだろ」
メグミさんの微笑みが普段よりも柔らかいのを感じる。
ヨネとしても、ご機嫌に頭の上の毛を振っている状況だ。
「して、こっちのは...また、ずいぶん見ないうちに幼く...」
「違う違う、この子は末妹だ!」