-660話 才知の攻防 ⑦-
2019年 3月01日、この小説を書き始めて今日で2年経ちました。
2021年 3月01日...今現在で、累計PV数は38万8257(予約投稿なので、現在時間は02月22日となります)アクセスとなります。
ブックマーク総数も、206件となりました。
まさかここまで伸びるとは思ってもいませんでしたが、毎日投稿するというただ一点。
それだけが私自身に課したことでしたし、700部以上は最初の目標でもありました。
最終回まであと何話という括りは考えてません。
いや、何部かな...でも、次の目標は1000部以上という風にきめています。
来年の今頃もいい報告が出来るよう、精進していきますのでよろしくお願いいたします。
“月の城”から送り込まれた間者は、皇太子の部屋付きになるまで、いくつかのハードルを越えてからも、難易度だけが増した脱出ゲームのような綱渡りをやってのけた。
あれからおよそひと月。
“月の城”の間者は、皇太子の部屋に転がり込む機会に遭遇した。
物音を立てず、何度か掃除などで当たりを付けていた、箇所を今度は入念に調査する。
皇子の普段の行動。
皇子の持ち物。
皇子の些細な癖――それぞれを瞼を閉じて丁寧に思い出す
そして、背もたれのある椅子の背後から、鍵穴の無い小箱を見つける。
別段、不思議な小箱ではない。
中身が嵩張りすぎて、一部が箱の内側からはみ出している。
見つけた時の興奮と、暗躍という後ろめたさがなければ、箱の開け方に苦労することは無かった。
ただ単純に、両手で水平に持ち、中指で己側へ押してやればいい。
そう単純なのだ。
時間を賭けすぎたきらいもあるが、間者は漸く箱の中身に目を通すことに成功する。
文通相手は、皇太子の説明通り、六皇子とのものだ。
内容は、政務の難しさと領内経営の愚痴などが大半だった。
違和感と言えば、文章の流れに異音を感じたことだ。
どうも調子を狂わせられるような雰囲気だった。
書き写す時でさえ、調子狂いにされる。
これを総長に届けた間者には、褒美が与えられた――「なるほど、そういう事か!」
◆
箱に視線を落とした、皇太子の仏頂面がある。
「部屋付きの娘が今日は出勤していないと? 怪しさ満点ではないか」
皇太子の従事長が、応接間で吠えている声だ。
耳を澄ませば、その内容が滑稽でしかない事に気がつく。
皇太子はその胸中で小躍りしかねない、不謹慎なほどの失笑に耐えながらの仏頂面なのだ。
六皇子の手紙を盗み見したことは間違いない。
恐らく調子狂いの文面を見せられて、いや当てられて“コレだと”思ったにも違いない。
慌てて書き写したから、机の上の散らかしようは、犯行現場さながらの動揺さえ見て取れる。
「一度の欠勤であろう、大目にみてやらんとな」
応接間の方へ、皇子が声を掛けた。
あちらから“殿下は優しすぎます”と、いったニュアンスの台詞が聞こえたような気がした。
いや、ひとつ言葉を贈ると、従事長はふたつ以上の小言で返答する。
彼女の仕事熱心さには脱帽だが、今、この状況下ではやや真面目過ぎる。
そもそも、この計略に彼女を巻き込んでいなかったと気がつく。
《そうか、そうだ...あれはアレなりに仕事を熟しているに過ぎなかった訳だな》
と頷きながら、ほくそ笑む。
“月の城”では、最初から皇太子と六皇子の間で何かあると、踏んでいた。
それが顕わになったが、証拠として突きつけるものではない。
所謂、不当な条件で揃えたものだから、当然、否定されれば禍根だけが残る火種だ。
皇太子は、いつも文鎮代わりに使っていた巻貝を徐に取り上げた。
これを普段から扱っているかのように自然に、耳に当てて“メッセージ”という言葉を呟いた。
◆
「ご機嫌麗しく...で、宜しいですか?」
巻貝から女性の声が聞こえてくる。
北天では珍しい通話用のマジックアイテムだ。
高度な糸電話みたいなものだと思えばいい。
勿論、相手は皇子にとっても初見の人物となる。
この主に物怖じという言葉は似合わないほど、落ち着いた雰囲気でぐいぐい来るプレッシャーを感じる。場数を踏み過ぎて、落ち着き払ってしまっている感覚だ。
「なるほど、六が推すからどんなものかと思ったが、皇太子と対等だと思っている女性とは思わなかったな...」
「あら、私...そんなに図々しいつもりは、全く持ち合わせておりませんが」
「いや、失礼。初見だというのに、昔の悪友にでも会ったような気分になったものでね。いやいや、本当に済まないな...貴卿は、どちら様かな?」
皇太子の相手は、勿論、メグミ・コメである。
コメ家三姉妹の長姉にして、軍師でもある彼女は、すでに黄天王国内にあった。
末妹のヨネと一緒である。
「殿下がたにご報告がございます」
皇太子は、耳を更に貝の奥へ向けて傾けた。
「遼公国は近いうちに北天の燕に対して“乱”を起こします」
ぐっと瞼を閉じ、そして顔を大きな手で覆った。
「それは誠か?!」
嘘ではない事は分かっている。
嘘を吐く理由もない。
二皇子の乱と連携出来ていれば、どちらか一方の短剣が、月の城に届いていた可能性があった。
皇太子は、二皇子の乱の折、“二”に説得させられて、王都を離れていた経緯がある。
今度こそは、次弟の意を汲んで戦いたいと思っていた。
国を割る結果に繋がるかも知れない。
いや、当然、月の城という賢者集団に頭を掴まれているのだから、渋々ながら敵対する貴族も少なくはないだろう。
恐らくは、姫巫女のような人質政策の末の犠牲者もあるだろう。
「いや、この際の真贋など当てにはなるまい。確かめるべくは、いつ我らも発つべきかだが?」
「ええ、思案のしどころは相手が、私たちの目的を知っているところにあるのです...」
皇太子は思わず、首元を手で覆った。
姫巫女の奪還こそが“目的”で、国を取り返すこといや、月の城の打倒というのはそもそもシナリオに含まれていなかった。
国の在り方なども“目的”の前では、二番目とか三番目になるものだ。
他の賛同者がどう思っているかなどは別にして、黄天の皇族たちの想いは、大事な妹を救出する事にあった。
「其処です、其処が肝心要である限りは、彼女の居場所を探る必要があるのです...」