-659話 才知の攻防 ⑥-
グラスノザルツの歴史を少し紐解こう。
イス第一王朝時代から、王国としてその存在は、確認されていた。
これが帝国化したのは、もう少し後の話だ。
ハイエルフよりも上位の種族とすれば、神族と龍族だろう。
龍王ニーズヘッグを失ってもう、数百年と時を経ているが、自然淘汰されたわけではない。
ハイエルフたちによる“干渉”が大きいとされているのだ。
世俗から隔離された世界でただ、滅ぶようひっそりと消えていくことを良しとしなかった――それが、彼らハイエルフの取った行動の原点だ。
初代皇帝、6代目長老であったハインツ・ヨーディス1世は『何故、霊的高等種族が肉袋風情に道を譲る必要があるのだ』と、嘆いたというのだ。
これに反して、神族らは『それが時代を進めるという事だ』と諭した。
しかし、エルフたちは神族と戦い、生存権を勝ち取ってしまう。
消えゆくはずだった選択をへし折ったのだ。
自らの強大な武力でだ。
これによって、ラインベルクが閉じようとした、神々の時代を引き継ぐことになる。
◆
帝国には、その場所さえも不明とされるハイエルフらの都、ハイランドという地がある。
少し下界とは違った雰囲気があって、いうなれば北極にある魔界のような趣だろう。
とはいえ、北極のは単にゲートであって、向こう側は星の裏側にあたる。
元は同じ次元、空間に存在していたものを魔法という技術によって折りたたまれたものだ。
接点として存在しているが、ハイランドは隠されているだけだ。
南極の“あの世”も同じ原理だが、魔法技術を無効化出来たら、人々の住まう世界は途方もなく小さな世界になることは間違いない。何しろ、南極と北極の向こう側は兎に角、広いからだ。
だが、まあ...その話は少しお預けとしよう。
ハイランドには四季が無く、一年中オーロラを見ることが出来る変な空間だ。
また、エルフしか居ない世界でもある。
当然と言えば、当然かもしれない。
帝都の第一級市民とかいう括り方ではない。
エルフか、ハーフか、そうでないかである。
曖昧というのがない――逆にハーフが人間寄りだと、追放処分にされると言うのだ。
横暴にも聞こえるかもしれないが、純血第一の志向であるのにハーフも迎え入れる点の方を寛大と捉えないといけない世界でもあるのだ。
少なくとも、ハイエルフが世界の頂点に立つべき存在だと、信じている狂信者たちだからだ。
そのハイランドの建物は、北欧のバイキング風を想起させる。
いや、この建て方を指導したのが、彼らだから似て当然かもしれない。
巨大な大きな大木の切り株を、卓上として使用している彼らは、蜂蜜酒を仰ぎながら飲み干すと、ゲップと共に袖の端で口元を拭って見せた。
豪快なのは結構だが、喰いっぷりも見事に汚らしい。
手で掴むと、犬歯を歯茎までむき出しにして、肉を食いちぎるのだ。
最早、野獣以外の何物でもない。
魔物たちでさえ、文明をもつとテーブルマナーを身に着けていく。
マルとヨネは例外だが、未だにフォークとスプーンの柄を握ってしまう癖が抜けきらない。
ここだけは、普段、野生児と言われるエサ子に笑われる部分だ。
さて、エルフ族の族長がハイランドに集まることは実は珍しい事だ。
「そろそろデザートかな?」
エルフと言えば、菜食主義をとイメージするが、世俗にまみれた者たちにはもう、森の賢人というイメージはない。口の中に鋭い犬歯を持つ獣であるし、魔王軍に参加する邪悪な妖精たちと大差がない。
魚の肉を生でも喰らうし、人も食うことがある。
特に赤ん坊などは、彼らのデザートして飼育さえされているのだ。
「いや、同胞たちよ...未だだ」
「なんだ? 食事会で呼んだのではないのか」
やや残念そうな声が漏れる。
エルフの数は歳をおうごとに少なくなっている。
いや、むしろ、よくここまで永らえたと思うべきなのだろう。
「純血主義による少子化問題は、最悪の状況へ到達したと思っていい」
ただ、改善の兆しはある。
触媒から健康な個体を生産して、生殖能力を今再び回復させるという方法がだ。
無敵の兵隊を作るというのも、実は、彼らの延命が目的だった。
「で、具体的に...貴方の言葉から実情を教えて貰いたい」
長老たちが、ルイトガルトを凝視する。
彼女も大概だが、それでも他の長老よりも若い方のエルフだった。
「そうだな、研究段階では意識のダウンロードにも成功しているし、男性の生殖機能が2割増しに回復しているとの報告も受けている――」
この言葉に、元から男性長老の多い会では、指笛が多く聞こえた。
当然と言えば、当然なのだろう。
「あ、ああ...妾の前で子供のように弾けるのは止せ、そのキノコをへし折るぞ!!」
ルイトガルトが不機嫌なのは、予想通りの反応だったからだ。
性欲を持て余した男たちの本能は、メスに種を仕込み孕ますことだけにある。
「で、じょ...女性の...」
「そこが問題だ。若返ってもどこかに障害があるのか孕んでも死産になるケースが多く。女性側のうつ疾患は、精神耐性バフをも受け付けずに崩壊の一途だ。だからハーフ以外に残る道は少ない...」
閉口した。
純血、血統主義の根底よりも、死産のケースは、ハーフでも起こりうるからだ。
世界から徹底的に排除すると行動で示されているような気がしないでもない。
だからと言って、勝ち得た権利を棄てる気もなかった――帝国を簒奪した時から、こうなることの理解、可能性について考えなかったわけではない。
初代皇帝、ルイトガルトの祖父は『戦って、抗い、そして気高く退場すればいい』と、教えた。
未だに“気高く”の意味は見えない。
「まあ、当分の間はハーフたちを大事に育成するように...」
「それは?」
「ええ、あなた方の中から選抜の志願者を募ったのちの相棒となるのですから...」
と、締めくくる。
彼女が部屋の袖に待機している従者たちを呼ぶ――デザートの時間だ。
本日、最後のメニューは、鬼人の新生児を丸焼きにしたものである。
蜂蜜を塗って皮がパリパリになるまで炙ったものだった。