-642話 バルカシュ攻略戦 ⑫-
皇帝ラインベルクはやや、退屈になっていた。
聖櫃の騎士団らは供回りとしての能力では、およそ帝国の数ある騎士団の中でも、最高のパフォーマンスのを発揮してくれるだろうと予測は出来る。いや、彼らの実力を本当の意味で測るのなら、甲蛾衆しか居ないというのも分かっている。
およそこのふたつが突出した実力を持ち合わせている。
が、面白みに欠けるのだ。
特に聖櫃の連中に遊びなる余裕めいたものが、あるような無いような雰囲気があった。
皇帝の趣向に、合わせる気がないといった雰囲気さえあった。
その点だけを見れば、皇帝個人に忠誠を尽くす甲蛾衆が、よくラインベルクの趣向に付き合っていた。
ラインベルクは、ふと、空を仰ぎ見て深くため息を吐いた。
《誰でもいいからと選択肢を広くせず、甲蛾の連中のだれか、いやアリスを傍に置いておけばよかったか》
と、胸中で愚痴っている。
当の帝都に残されたアリスは、皇帝がいるものと思って王宮に顔を出し、丁度今しがたガッカリしている頃合いだ。新しく新調したというメイド服を見てもらうために出向いたのだと、後日さんざんに皇帝を困らせたという。
その聖櫃とは、彼らの持ちかけた契約で繋がっている。
当面は、利害の一致という条件下があって聖櫃は武力を提供し、帝国は彼らが必要としている遺跡の発掘に対して全面的な支援を行うことである。
これは、帝国と聖櫃の間で交わされたものだ。
例えば、ラインベルクが国内法の改正に伴って、ハイエルフの連中と事を構えるときに、味方するとは限らないということでもある。
総長曰く“潮の目、次第とさせていただく”と申し合わせたものだという、話が漏れ出たが双方がた明確にこれを否定しなかった。
◆
「何か、動きが変わったようですぞ?」
変化を求めていた頃合いの皇帝は、席を蹴り上げると、子供のように尖塔の縁に身を乗り出した。
「おお、なんだあの黒いもじゃもじゃは!」
誰ぞ答えてみよ――というノリで叫んでいた。
ここで鬼人を抱えるアリスの衆徒らは、何か面白そうに惚けてみせるのだ。
が、聖櫃の騎士たちは唖然としていた。
「なんだ、ノリの悪い連中よな?」
ノリの問題ではない。
黒いもじゃもじゃが何であるかを知っているから、彼らは口を閉口させたのだ。
『対人兵器・都市殲滅粘土獣』
と、誰かが呟いていた。
◆
かつて神代の世で運用された、兵器の一部のサンプルが魔王軍の戦史博物館に収蔵されてある。
当然、動かないよう封印を万全に施したものだ。
そのほとんどが“量産品”だと職員は、額の汗を拭いながら解説している。
試作モデル都市殲滅粘土獣は、2度の変体機能で成獣になるという。
生まれた姿は可愛らしい子羊モード。
成長を重ねると、山羊のような形状に変化する。
最後の変体で、成獣の牡牛に代わるのだというのだ。
「まさか……こんなところに」
総長の震えた声が聞こえ、ラインベルクは縁の前で踵を返す。
「お前たちの探していたものは此れであるか?」
「いえ、滅相もありませんが、少し相手が悪いようです」
「とは?」
身体を少し右に傾けた。
口元は、はにかみ八重歯が見え、口角がいやらしく上がって見えた。
その得意満面な笑みを見ることもできたが、皇帝のはどや顔とも言いにくい。
「成獣になると、魔法の殆どに耐性を得てしまいます。闇魔法、光魔法に対してもですから、目に見えての弱点というものがなくなります。また切り付けても、膨大な魔法量によって一種のユニークスキルのように、瞬時に傷が癒され致命傷に至らなくなるという輩なのです」
「ふむ、では詰んだのではないか?」
少し残念そうに見えた。
改革の礎にバルカシュ城塞の城主には、死んでほしかったというのが本音だ。
「なんだ、つまらんのう」
と、いう対応で透けて見えている。
「いえ。それはあくまでも成獣となっていればという……話にございまして」
どっちだと駄々をこねてみた。
皇帝もいいお年である。
子供っぽいギャップのあるは珍しさがある。
玉座の姿と、お忍び旅行ではやや雰囲気が違って見えている。
この人も何かとストレスを抱えているということなのだろう。
◆
コメ家三姉妹からでも地上に現れたソレが、かつて学童の折、社会科見学で訪れた戦史博物館でみたものと同じであることを認識している。ただ、仔羊だと二度見で確認したマルだけは、やや安堵した様子だったのも印象的だった。
「何者かなあ?」
いや三姉妹のうち、長姉だけは姉妹歴が短いし、そもそも魔物歴も短い。
「ああ…ええっとね、なんていえば?」
ヨネはついにマルへ、バトンを投げて寄越してきた。
お手上げです、ごめんなさいというような声も聞こえたような気がした。
「あれはね神様たちが作ったゴーレムだよ……ただね、エサが人なんだ。いや、生きているモノならば何でも食う雑食。魔物でも人でも、神さえも食らうと定めた対人兵器ベヒモス!!」
大層な名で呼ばれているけど、その仔羊を斬ったのはメグミさんだった。
「ああ、そういえば変な声で鳴く気持ち悪いの斬った!」
思い出した。
今、この状況でだ。