-638話 バルカシュ攻略戦 ⑧-
南欧連合で開発を重ねた、携行式迫撃砲。
多種多様の砲弾を高い放物曲線を描いて、敵城兵のちょうど真上から落下するという切り札だ。
帝国でも、似た迫撃砲の研究開発が行われたものの、今だに実践配備に至っていない。
仙術支援工兵隊は、ハンニバルの提唱により1個中隊に匹敵する約30門の迫撃砲を配備された。
が、現実的には30門を揃えるだけに終わってしまった、幻の部隊編成である。
しかし、当時、南欧義勇兵の中核を成す支援火力だったことは確かなことだ。
ただ、魔王軍の(ケンタウロス)竜騎兵と出会わなければ、ある一定の戦果を稼げていた可能性は十分にある。いや、可能性ではなく、事実、魔王軍の築いた前線施設のほとんどを襲撃し、ある程度の成果を得ていたことは確かだったが、それでも全体の趨勢を決するまでのものではなかった。
局地戦でも、逆転され圧倒する芽があることに魔王軍のふた席の将軍は懸念する。
いずれ多くの国が義勇兵の戦い方に賛同するという危惧からだが、だからこそ(ケンタウロス)竜騎兵が遠く戦場から離れて、局地、地方へ何度も投入され続けたのだ。
この話は、仙術支援の面々がかつては敵同士だった、魔王軍に救出された後に聞かされた内容だ。
当時、帝国の“踏みとどまれ”を無視して撤退していなければ、魔王軍の選りすぐりの追撃部隊は、その手を緩めることはなかったとも聞かされて、オズマは苦笑してみせたという。
「俺が使ったのは、帝国制のだったが...」
スカーの記憶に染み付いているソレは、帝国が17年式と呼んだ、携行するには些か重かった迫撃砲だ。
海戦にて使用する32ポンド砲弾を放るものだ。
男衆だけで6人係りの重量だったと記憶している。
「いやいや、南欧のは短砲身だが機構が複雑ではなくてね...軽いんだが、それでも魔王軍に用意してもらったこっちの方は、4人でいいという。いや、魔王軍は国家単位で見るとすごい進んだ技術力を持っているよな」
楽しげなのは、男の子だからだろう。
メルルは少し寂しげにしていた。
◆
観察者、あるいは観覧車いや、傍観者とでも言うか。
皇帝ラインベルクは、供回りを“聖櫃の騎士団”20名の騎士と、1万の装甲剣盾兵を引き連れて約20キロメートルほど離れた砦に入っている。バルカシュ城塞を要塞と呼ぶようになったのは禁煙に入ってからだ。とはいえ、ラインベルクが皇帝に即位した時にはその城の堅牢さは、他を圧倒していたとも言える。
その佇まいを参考にして、多くの内地にある城塞も改築したが、町まで一括りに防衛する機構にやや疑問を感じている。籠城してしまうと、都市に住む住民のための食料配給問題も背負う形となる。
確かに領民は領主にとっての財産であるとも言える。
が、同時に戦争になった時は離散させておいて、終戦後に町へ収容させた方が、何かと便利なのではないか、という疑問のことだ。
四半世紀前にさらに改築し直した同城塞は、町を城で覆い囲うのではなく外へ放逐した形となった。
一見すると見放したように捉えられる。
帝国が正面から要塞と事を構えるとした場合、林立する城下町の複雑な大小の路が不思議と邪魔に感じてならない。
物見を送って見たものの、伝令は目が回って仕方なかったと、零していた。
「ふふ、城主が強かなのか...それとも、その下にある建築家の成せる御技か」
「嬉しそうですね」
遺跡発掘に多忙だった聖櫃の総長が皇帝の脇に立つ。
白い外套を鎧の上から羽織、フードを深々と被っている。
見た目は完全に魔法使いであるが、彼も騎士だ。
帝国でも珍しい魔法剣士というクラスにある。
「ルイトガルトの縁者だ、どんな化け物か、これほどの配役はそうそう見れたものでもない。北天の者たち拝観料でも払ってやりたいものだが、さて...あの城をどう料理するのだ?」
皇帝の流し目を騎士らが機微に感じる。
総長は、首を傾げ――
「さあ、私に明かしてくれるほど優しい導師でもありませんから」
からからと嗤う。
マルと通じ合っていたとしても、おそらく頻繁には連絡をしないタイプだ。
彼女の方もかつての仲間たちが流れ者として、この世界にいることを知っても、積極的に探したかどうかも怪しい。
かつては、目的もなくただ気分で軍を率いていた。
それがあって、誰も彼女を探さない。
「なんと淡白な」
「...淡白ですか、お楽しみといえば、少しはドキドキしないものでしょうか」
と、言い換えて見た。
言い換えて見ると、わりと胸が踊る気分になる。
「ふむ...そちの言う、導師であったか。アリスの言う魔王に準ずる化け物でもあると...まことそのような者であるなら、戦うのは下策と言える。この戦いで測り、手を借りられるのならば...な」
「ええ。それができますよう、私からも祈りとうございます」
《あの我儘で、気分屋のババアが大人しく話に乗るとも思えんが...》
総長は胸中で呟く。
かつての主人は、人でなしである。
魔物であっても、何かしらの情愛があっていい。
番外とされた魔物は性格も例外だった。
軍を率いる器ではない。
気分次第でコロコロ変わる――己にはできないことはないと豪語した。
彼の記憶の中のマル・コメという魔物のはそういう者である。
「どうした?」
皇帝が押し黙った総長に声をかける。
「あ、いえ」
「そろそろ何か仕掛けるようだぞ!?」
と、離れた場所から傍観者たちが目を凝らして成り行きを見守っていた。