-35話 勇者と呼ばれた人の非日常-
少年が故郷のために立ち上がった理由はひとつしかない。
石化された幼馴染を助けるため、王都にいると噂された大賢者へ会いに行くためだ。
干ばつや、水害のようにさも、当然のように現れた天災という天使の襲来によって、村だけじゃなく王都の外周に点在する集落や町々が襲撃されて、そこに住む人々が犠牲になった。少年の家族は、幼馴染の子だけである。
彼女が身を挺して守ってくれなければ、彼もまた犠牲者1人として数えられていただろう。
魔法による攻撃であるならば、大賢者を前にすれば容易く解放されるだろうと教区の神父は、彼に希望を抱かせて前に進むことを教えた。
それが、彼にとって少々残酷な告知だったと認識していても、今、彼に希望を持たせることが最優先と考えた末の過ち。
少年は身支度を整えて、村を発する。
王都までの道のりは、13を過ぎた子供には冒険だ。
持ち出した路銀や頼る大人も居ないのだから、心許なかった筈だ。それでも、彼の決意は揺るがない、幼馴染の少女――彼は姉のように慕い、彼女は母のように接し、互いに慈しみあったふたり――『ボクは、取り戻す』と心の中で呟き、声に出して誓った。
◆
何年前の記憶だろうか。
夢だ――今のは、辛い思い出の最初の1ページ。
彼がいや、少年が剣を手にした最初の記憶。
そして、生きるために最初の殺人。
「主人、世話になった」
カウンターに銀貨を5枚を置いた。
「もう、出るんですかい?」
「ああ、外に待たせてる奴らが居るからな」
カウンター奥にいる主人へ声を掛けた。
これから起こることを察知しているから、顔を出さない。
「天上騎士を前にして、正面から挑むか? 小僧」
2対の翼を持つ有翼人らの集団に囲まれている。
マルチバトルでは巨人のような大きさで出現する天使たちだが、そのサイズは調整できる。
2対と3対になれば、人型として行動するものも少なくは無い。
「っふ、正面から堂々と...か」
「気でも触れたか」
眼下の剣士が陽炎のように揺らめいて見えた。
既に彼は、抜刀して1対の有翼人を狩り出している。
通常の物理攻撃は、天使には効果がない。魔法に対しても、全属性に対して1割から2割の耐性を誇る。正に無敵とも称される厄介な存在だ。地を這う魔王軍にとっても、天使との戦いは避けたがる理由のひとつだ。
が、剣士の振るう二刀の攻撃――物理攻撃に1対の天使たちは、辛うじて対処するように見えた。
2対の騎士たちは、次々と撃破する剣士の強さと、周囲の時間軸の乱れに違和感を覚えている。
「こりゃ、まいったな」
人間っぽい反応をする2対の天使が屋根の上にあった。
剣士の周囲は明らかに何かがおかしい。
天使たちの攻撃は、剣士に近寄られた時点では無傷だが彼が離れると、ポリゴンが弾け飛んで消滅してしまっている。チートの類も考えられたが――屋根の上の天使は、左腕で魔術式紋様を書く。宙に浮かんだ小さな小窓から、剣士の動きと天使の消滅のログを追う。
宿屋の周囲に展開した天使は、当初よりも大分数を減らしている。
「まいったね、こいつ...AIが壊れてんのか?!」
独り言ちると、『GMコール』と叫んだ。
周囲がぴたりと止まっている。
空の色は異常すぎる、赤とも緑ともいえない淡い光があると思うと、黒っぽかったり白っぽく見えたりする不安定な感じだ。鳥や風で舞った木の葉さえも止まり、光の結晶体となって砕けている最中の天使までも止まっている。
ただし、剣士と数人の2対と3対の天使だけは違った。
動ける剣士を直視している。
「明らかにルール違反と思わないか?」
3対の天使は、神名を上位三使と言った。
「...」
「AIが、ラグアタックするとは誰も思わん」
剣士の恨みが籠った、睨む視線だけがその意志の強さを物語っている。
ルール違反だとしても。
「GMコールは為された! 汝に我らが神の裁きを与えん!!」
4体の上位三使が脳天に刺さるような声で歌う。
神へ捧げる唱だ。罪人の悪を濯ぎ、魂を天上へ誘う精神攻撃魔法の神聖術として数えられる。
さらに2対の天使は、中位三使として登録されていた。その彼らも上位三使の後を追う輪唱で奏で始める。人の耳では聞き取れないまるで、金切り声のような声が頭を精神を攻撃してくる。
剣士は、握っていた剣を落とし、その場に膝を折って崩れ落ちた。
耳を塞いでも届く天使たちの声。
◆
清々しい朝だ。
見上げるとメガネのレンズみたいなシールドがある。
「何があった...」
横たわるベッド周りがヒンヤリする。
手に伝わる感触は、水というよりもジェルのよう感じにも思える。
「お目覚めかね?」
「?」
「いや、まだ横になっていなさい...リサイズはもう少しかかる」
聞きなれない声だ。
だが、不安が過る。足の感覚がないことに気が付く。
いや、そもそも此処はどこだと。
「感覚は遮断してやれ、彼にはまだ酷だ」
違和感いや、不安も一緒に消えたような気がする。
声の主は、彼の横たわるベッドのシールドに手を乗せてきた。
「さあ、もう少しおやすみなさい」
「時間が来たら、おこしてあげよう...」




