-34話 とある彼女の非日常-
NPCの仕事をずっと見つめている者がある。
これが非常にウザったい。
店を開けたのが9時過ぎだから、かれこれ3時間は店の陳列台から身を乗り出して、こちらを伺っている様子だ。店主が気になってカウンターに移動してくると、その客は買いもしないのに剣の陳列棚にて『あー、うー』と唸っている。
声を掛けようとすると、両腕を斜めに交差して“X”と身体言語で取り次がないのだ。
そうして奥へ移動すると、店主の後を追ってカウンターから身を乗り出して伺っている。
もう、無理。
いや、店主のAIが声を掛けろと囁いている。
「お客さん、何か気になるもんでありやすかい?」
堪え切れなくなって、遂に人影を見ないで声を掛けた。
「やっぱりウザかった?」
「ええ、気が散ってしょーがねーですよ」
店主の奏でた金槌の音が止まっている。
「ちょーっと物は相談なんだけど~」
「はい?」
◆
傭兵団の総長代理が、冒険者ギルドに呼び出されたのは数刻もしない。
迷い猫にでもなったように落ち着きのない娘がNPCに囲まれてびくついている。
「あー、総長代理ぃー」
「何ちゅう情けない声を出してるんだ? グエン...しかも、それは私服か」
アホ毛の2本が萎れた花みたいな状態で、寝ぐせは相当拗らせた感じだ。
ダボついたTシャツに身体に似合わない肉付きの良い乳房は、誰の目をも惹いた。いや、そもそも見られるのが分かっていて曝け出しているような服のチョイスに、彼は『これは無いな』と呟いた。
「古着屋さんにあったのー 安かったのー」
「踏み倒してないよな?」
「えー 信用無いー」
目端に水滴を溜め、鼻頭を赤く染める。
「そもそも、何をしてここに」
「保護者の方ですか?」
NPCの衛兵が問うてきた。
『はあ、一応そういう事になると思います』と歯切れのよくない返事を返したが、衛兵はグエンの持ち物をカーマイケルに広げて見せた。鍛冶屋の店主に作らせた見事な槍が1本である。それと紙片。
「これは?」
当然、紙片の方を指さしている。
「軍票という紙幣代行アイテムですよ」
「軍票?」
「いや、そもそも何処のでしょうか」
傭兵団では、最近はその手の債権を発行した覚えはない。
そこで世界を旅したグエンはどこの手形を持ってきたのかという事に。
「魔王軍の支配地域の物らしいですね」
「そ、それは...?」
「義勇兵クエストで得た、アイテムといったところでしょう」
NPCのグエンに向けられた視線は厳しい。
宿代と食事代は大ごとになる前、傭兵団で処理をした。
その後、お小遣いを渡しておいたのにこの騒動となると――。
「グエン、一回いや、きちんと話そうか?」
語気が強く出て、怒っているように思えた。
彼女がびくびく怯えている。
「まあ、お父さん。娘さんも悪気は無かったようですし」
「あ?! お父さん!!」
「ん、は...あ、え? じゃ、お兄さ...」
「パパー!!」
って、グエンはカーマイケルに飛びついた。
「ごめーん、パパー!!」
追いかけて、更に畳みかける。
「私、何でもする! パパの言いつけ守ってちゃんとお客さん、喜ばせるから」
彼女は、聞き逃せないセリフを口走る。
今まで向けられていた冷ややかな視線が、総長代理に向けられた。
これがTAGの移動である。
「い、やちょ、ちょっと待て!」
衛兵が『お父さん、未成年に何をさせてるのかな?』とか、『言い分もあるだろうから奥でちょっと話聞くよ?』とまで畳みかけられた。
「パパは悪くないのー 私が喜ばせて上げられなかったから...」
「おい! グエン...後で覚えてろよー!!!」
彼女は、カーマイケルに舌をちょろっと出してあしらうと、宿舎に逃げ帰っている。
その夜は“ザボンの騎士”の天幕に避難して、嵐の猛追を避けて事なきを得た。




