-619話 北バルカシュ海戦 ㉖-
「そ、それはインパクト・ブレイカー!?」
畳みかけるように、
「マルちゃんが得意とする――」
騎士の苦笑はさらに困った雰囲気となる。
「あ、はい。導師からの直伝ですから、ひと通りの技は使えます」
短槍の騎士から“それ以上は”と、静止を振りほどきながら答えている。
「話が見えん...」
六皇子は、エルフの生き残りを捕縛しながら、零している。
もっとも、殲滅するつもりで戦ったが、どうしても致命傷に至らなかった者は出てくる。
その殆どが皇子による取りこぼしであるのだが。
「ちゃんと仕留めろよ」
少年の言葉だ。
「今からきっちり殺しますか?」
ふたりの騎士から提案されたが、少年の一存で却下された。
「今となっては、大事な捕虜です!」
北天の軍紀ではないが、相手が騎士という事もあって、最低限のルールがどこにでも存在する。
とりあえずは、命の保証。
次に、食事と必要なら医療サービスも受けられるというものだ。
これが最低限だ。
その後となると、もうローカルルールしかない。
バルカシュ要塞の所属騎士であれば、黄天に送られ、情報収集活動に協力してもらうなどだろうか。
まあ、これらは一例に過ぎない。
捕虜の見送りを済ませると、客人であるふたりの騎士を“ウルジ”の宿屋に招いた。
逗留する予定は無かったが、夜道も物騒なので一泊することとなった。
◆
「申し遅れましたが、我ら“聖櫃の騎士団”がひとり、グラニエと申します」
体術の騎士は自らの名を名乗ったが、短槍の騎士は首を垂れるだけに留めている。
「いや、これは騎士として失礼しました...」
グラニエが代わりに謝ってみせた。
彼らは敵対する気が無いことをアピールした上で、
「さて、何からお話致しましょうか?」
◆
魔王軍には、十席の他に番外と呼ばれた、枠にとらわれない将が三人ほど参戦していた。
食客みたいな感覚に近く、番外の気分で戦に参加したり、しなかったりとかなりゆる~く自由に動ける基準となっていた。
番外を設けるようになったのは、魔王ウナ・クールが即位して百年は過ぎている頃の話だ。
「番外筆頭...コレが?」
遠見の鏡向こうに映し出されているのは、二本のくせ毛である。
「...どうですかね?」
少し頼りなく返事を返した。
二本のくせ毛だけでは“そうです”とは言い難い。
「単刀直入に問う。貴殿らは何者なんだ?」
これは、少年に集められたエサ子も含まれる。
胡坐をかいたエサ子は横に揺れながら、
「魔王軍三席、マンディアン...でも、そう遠くない時代から流れてきただけだから、今はただのエサちゃんだよ。みんなの愛玩少女ってことで」
と、エサ子は自己紹介を纏めた。
「主、マンディアン卿の配下にござる...」
ハティも身分を明かす。
六皇子はざっと、剣士と槍使いを飛び越えてヨネを視認した。
「私ですか...別に隠すような事じゃありませんが、スライム・ロード族の末妹です」
素性を明かすだけにとどめた。
「それで、」
皇子の眼が再び、騎士二人に向けられる。
「これだけ人外ならざる者の中だ、およそ貴殿らも?」
「我々が彼らの口上に対して、眉根ひとつ動かさなかったことに大方の推測を立てておいでなのですな? ええ、その推測は間違いではありません――我らも魔王軍に属する者です」
驚きもしなかった。
画面の向こうにある二本のくせ毛も、普段通りに垂れていた。
「番外筆頭、紅玉姫が率いる聖櫃旅団にござる。まあ、言われてもピンとは来ないでしょうな。今は帝国...グラスノザルツに縁あって、協力関係を築いておりますが、本質は違えていないと自負しております」
微笑みを浮かべると、無下に扱えなくなる雰囲気があった。
これは人徳みたいなものだろう。
「...と、申しているが、マル殿は如何か?」
六皇子は鏡の向こうに声を投げかけた。
鏡に声を掛けるという体験は、なかなか無いものだ。
魔王軍ではこのやり取りは、ごく普通過ぎて感動も過ぎ去ってしまっている。
「...」
マルの溜息が聞こえた気がする。
いや、呟きか。
ふたりの騎士が青ざめているからだ。
「二人とも、何か食べたいのある?」
◆
人狩りの騎士らが戻っていないという、報告は定時より半刻ほど遅れて城主にもたらされた。
城内では定時に戻れなくなる程、狩りに夢中になる騎士団らを目撃した例もあって、左程深刻に捉えなかった節もあった。これが城門のつり橋を上げる刻限に近づく頃になると、やや心配になったという事だ。
“ウルジ”に向かったまでは、捜索によって判明した。
が、その先の行動でぷつりと消息を絶ってしまった。
「そういう報告はだな! もっと早く行うものだ!!!」
知らせを上げた兵士の顔面を、固く握られた拳が襲った。
鼻血をまき散らしながら、ふらついた足で後方へ2、3歩下がっている。
「もっと殴らせろ!」
「おやめなさい」
兵の前に軍監が割って入る。
城主の沸点は低い。
吹きこぼれて中の湯がなくなるのも、この手合いの特徴だ。
しかし、それまでの激昂は短い癖に執拗に虐待するタイプだ。
折檻が地獄みたいな方法であるから、流石に甲蛾衆としても看過できなくなったところだ。
「どけ!」
「どきませんよ、兵を殴っても騎士は戻りません。いや、この場合、最悪を考えねばなりません! 城主、下知を戦の準備の下知を!」