-618話 北バルカシュ海戦 ㉕-
小競り合いから、局地戦に発展するケースだ。
“ウルジ”に上陸を果たした、人狩りの騎兵は、街の城門を力づくで突破した。
手持ちの投げ槍をオーバースローで投射すると、城門に立っていた傭兵を板張りの防壁に串刺しに処理した。余りにも、鮮やかな早業を目の当たりにすると、他の兵士が恐れをなして逃げてしまったので以後は、簡単に侵入出来た。
数は、50騎余りで先発している。
後発も同じ50近くだが、未だ幾分かの猶予がある。
逃げ惑う人々を男女の区別なく、投げ網、投げ縄などを用いて人の乱獲が行われていた――街の自警団で対処できるのは精々、野盗か周辺の化け物程度のみ。戦闘訓練を十分に受けたエルフ、いや騎士爵を叙任された、エルフとまともに人が戦える道理はない。
人が多く集まるマーケットの中心で、彼らは歯向かう肉袋を捕獲したり、殺したりしていた。
エルフらしからぬ奇声が聞こえるのは、心底楽しんでいるからだろう。
「どえりゃああああ!!」
馬群の中に突っ込んでいくエサ子がある。
大戦斧に振り回されているようなイメージでだ。
“動きが甘いな”と、武技に心得のある者が思った。
いや、当人もこんな筈ではないはずと、口ずさむ。
駒のようにグルングルン回りながら、狩りの中心地に出ていた。
「なんだ、このちまっこいのは?!」
斧に振り回され、転がってきたエサ子を指している。
斧の重さに身体がついていかないというよりも、身体の制御が上手くできないに近い感覚だ。
単に歩く、奔る、しゃがんでジャンプするなどは問題ない。
武技のタイミングがズレている。
掛けたバフを重ね掛けるのではなく、相殺するような微妙なズレだ。
エサ子は、目を回しながら踏ん反り返る。
「ボクが相手だ!」
啖呵をきった後、豪快に仰向けで倒れた。
これは、エルフたちの嗤いと手を止めるきっかけとなる。
次に、狩りの手が止まったエルフから断末魔が聞こえた。
振り返る猶予無く首が飛ぶ。
僅かの刹那に10騎余りの首が宙を舞った――六皇子はひとりが精一杯で、ハティが7人、ヨネがふたり仕留めている。
「あらら、リハビリが必要でしたか」
ヨネは周りを気にせず、エサ子の下へ走っている。
介抱しながら胸の鎧止めを外していく。
「これは気付けです」
マルから渡されたポーション・ゲル。
形状と食感から“食用スライム”と言われるようになった、回復支援食だ。
ヨダレまみれの口にゲルを押し込んだ。
「むむ...マルちゃん...みたい」
◆
敵対者を認識すると、エルフの騎士団は格段に強くなった。
捕獲した肉袋以外が逃げ出しても、追わなくなったのはいい事だが、六皇子とハティだけでは手に余る数が彼らを認識している。
陣形を整え、護りの構えで対峙するのだから、掃討されるのはどちらかみたいな構図だ。
《助太刀いたす!》
陣形の背後から野太い声が響く。
大声を張り上げた雰囲気ではなく、テレパシーのような脳天に響く感覚。
エルフの陣形も瞬時に崩れたところだ。
およそ必殺技の発動ではなく、単なる力任せに殴り倒したようにも見えたが、エルフが吹き飛ばされた。数にして、4、5人くらいだろう。
魚臭いローブを身に纏った騎士の風貌な男は、ただの体術だけで馬群の中に飛び込んでいた。
その傍には、同じローブを纏う同じ鎧の騎士がある。
彼は短い槍を縦に横に振り回して、魔法で加工されたエルフの装備をバターのように撫で斬っていった。槍というには恐ろしく鋭く切れ味冴えわたる、言い換えれば太刀に等しい雰囲気だ。
短槍の騎士がハティの背に憑く。
「詮索は後程として、この場は敵の殲滅を優先しましょう」
外見は確かに人に見える。
通りがかりの騎士として処理してもいい。
しかし、人の身でエルフと渡り合える、化け物はおよそ多くは無い。
ハティだと分かった上で、六皇子ではなく彼に接触してきたのも解せない――『俺は、奴らを知っているのか』戦闘中に、自問自答を繰り返す。
いや、彼の記憶の中に、目の前の騎士の記録は無い。
ひと通り片が付き始めた頃、覚醒したエサ子は大戦斧を振りかぶってすっ飛んできた。
エサ子の目覚めは、いつもこんな感じである。
ベッドにあっても、野営中でも寝覚めが悪い。
体術の騎士へ振り下ろされた一撃は、即死コース級の攻撃である。
騎士は、瞼を閉じて拳を軽く握り直す。
肘をコンパクトに畳み込むと、顔の側面まで腕を上げて身構えた。
半歩、左にズレると斧の刃に当て身を撃ち込むと、エサ子の身体は右へ流れて吹き飛ばされていた。
あっという間の出来事だ。
渾身の一撃の威力を相殺した挙句、彼女の身体をハティに抱かせるような方向へ飛ばしていた。
斧は、少し離れた路面に落ちている。
「流石はマンディアン卿の大戦斧。傷ひとつ付いてませんね?」
騎士は苦笑して見せた。
が、目を白黒させているエサ子は、小刻みに震えながら吹き飛ばした相手を視界にとらえていた。




