-611話 北バルカシュ海戦 ⑱-
六皇子と、その一群は西城砦を遠巻きに観察していた。
「城外から外へ、漏れている光も尋常じゃありませんが...あの中...」
周囲は、月明かりさえ呑み込むような、闇に支配されている。
その中で光の根源のようなのが、西城砦であった。
もっとも、光の操作をしている連中でも、自分たちが傍目でどう見えるか考える余地がなくなっていたことも確かだ。
東から城を観察する六皇子とは反対に、西から砦を観察している鬼人らがある。
彼らから“やり過ぎだ、バカ者”という呟きが漏れていた。
甲蛾衆の鬼武者らである。
または、兵法家とも侠客とも認知されている輩であった。
棟梁アリス・カフェインからは“不要かも知れないけど、済州党の連中には借りがあるから...適当に手伝ってあげなさい”という、主命を得ている。しかし、積極的に関わることを是とはしていないニュアンスが含まれた命令でもあった。
だから、彼らは遠巻きに観察ているのだ。
「城は落ちたも同然ですが、ほかに手伝うことはありますかね?」
班長と、尋ねられる二本差しの武侠の手合いの額には、一角の立派な角を持っていた。
鬼人の世界は、角の大きさと数などで運命が決まる。
巫術師となるか、武人として生きるか、あるいは奴隷のように生きるかである。
北天の統治システムは、すべて血統至上主義に由来する。
鬼人の伝統的な“角”社会を棄てたものだ。
故に、王族から角の小さな子が誕生しても、他で優れていれば“王”になることができた。
極端な例としては、ハーフの鬼人でも“王侯”の子であれば嫡出子として扱われた――これが北天の古くからあった燻りに火を点け、乱となって国を焼いたのである。
燕王国最東端の小国、“遼”と“済州”から上がった炎だ。
◆
今から10と少しの年月前に乱を熾した一党があった。
北天七王国を敵に回した無頼の者たち――という認識に置き換えられた反逆行為がそれである。事の次第は、燕王国の皇子と奴隷の娘とふたりが、恋に落ちたあたりからになるだろう。
これは、古い誰かの記憶。
後世に正しく伝えられなかった正体だ。
月並みに言えば、階級制度の厳しい時代において禁断の恋はままある。
恋に落ちれば、新たな命が誕生するのも自明だ。
幸いだったことは、身分違いの相手が皇子であったことだ。
仮に公主を想い奴隷の男が、恋に落ちたものならば悲惨なものはない。
どこの世界も、揺るがない定礎として、男尊女卑なのだ。
「救われないって話ですか?」
「お前は、物語が始まる前に終らせるクチなのか」
「い、いえいえ。滅相もありません」
「ほら、黙って聞いておきなさい」
部屋の方々から“クスクス”と笑われる声が聞こえてきた。
最東端の国・遼はかつて、王国だった。
勃興のおこりは燕より遣わされた蛮族征討の将軍から始まる。
将軍は、一族郎党を引き連れ、約四代にわたって奮戦し、切り拓いてきた。
辺境での活動を支えたのは、“蛮族の土地は切り取り自由”があったからだとしている。
「導師!」
「なんだ、また...お前か?」
挙手より先に席を立っている。
「まあ、いいから座りなさい」
「今も奴隷制度ってあるんですか?」
「お前は何を言っているんだ、北天は鬼人の国じゃ...昔ほど厳しくはないが、煌びやかな衣をまとった人間など、見たことがないであろう? むぅ、諸外国からの賓客としての人は例外としてだがな」
顎髭を整えつつ、壇上の水を飲む。
「他国とは文化の違いであるだけで、われらの国ではこれは階級である。個人努力と能力の志向次第では階級の階段を上ることは優しくはないが、不可能でない。奴隷から立身した者も少なくはない...故にこれは階級制度である。...でよいか?」
「はーい」
「返事なかり達者になりおって」
遼王国は厳格な血統原理主義といえた。
“角”の大きさや美しい形というのは、より選抜された血統とその一族の命脈があって存在し得ていると考えられていた。故に、遼王国の皇子たちも例外なく世襲ではなく戦って地位を勝ち取れと教育されたわけだ。
その価値観で北天を振り返った時、彼らには絶望しか湧かなかったと思われる。
闘いの日々で、強いリーダーシップの下で結束するにはより、高い次元から物事の判断ができる指揮官が必要だった。蛮族を倒し終えた頃には、一族百数十の武人家系が僅かに数家しか残っていなかったことも引き金になっている。
いずれにせよ、世襲制で血統の維持がなされている諸王国を振り返った時、殺意がわいたのだろう。
燕王国の皇子に人との間で子を授かった、という報せが世間を賑わせた。
奴隷の娘を正室には迎え入れることは対面的に難しかったが、側室として後宮に上がり“嬪”の位を得た...と、ここまでは燕王国史でも書かれて残っている。
血統原理主義の煩いのは、残す子孫ではなく能力的な話のほうだ。
角が小さくなり外見上、人と大差がなくなる者や、固有スキルの保持が困難になるケースへの虞からきている。
鬼人である種族愛と好意的に捉えれば、原理主義の主張も一理ある。
ただ、純潔主義にも偏ってくるので、やはり為政者としては少し柔軟に対応せざる得ない。
偏重して血統が途絶えたのでは目も当てられなくなるからだ。
ほどなくして“乱”は起きる。
原理主義者らの暴発という切り口だ。
燕の支援を受けていた済州王国が転覆したというのだ。
内部崩壊し、立派な角を持つ遠縁の庶子を担ぎ上げてのクーデターだった。
「うわあ、泥沼ですね」
「ついに堪え性もここまでか?」
「はい!」
「...」
済州島の乱は、遼王国をも巻き込んで6年続いた。
たとえ、この戦いで血を絶やすとも、生き長らえ床で果てるよりもマシな生き方である――と、吠えたとする将帥の言葉が残っている。