-604話 北バルカシュ海戦 ⑪-
飛竜ゴーレムの飛び方は、一般的な鳥をイメージしている。
が、そもそも浮遊魔術と飛行魔術を組み合わせている、合成魔法技術なので例えば、翼を大きく羽ばたかせるなどの他動作などは必要がない。要するに“飛行する”という機械的に処理するのなら、見た目もこだわる必要がないことになる。
それでは何を作りたかったのかという点で詰みだ。
マルは、ゴーレムという魔道人形で生き物を作りたかった――しかも、皆が畏怖する生き物だ。
それゆえ、無駄な動作かもしれないことも、積極的に取り入れてきた。
ニーズヘッグ卿が眉根を吊り上げ、訝しげに『珍妙な』とつぶやくほどにリアルを求めた。
その結果が、適度に羽ばたく飛竜である。
高空を滑走しているときの羽ばたく回数は少ない。
体の全体で姿勢を維持しつつ、方向転換を長い尾で行う。
気流に乗って、鳥が飛行し続けられるようにしているあの動きも、取り入れた。
およそ、生物が空を飛ぶのだとしたらを追求して研究を重ねた成果が、怪鳥ゴーレムであり、飛竜ゴーレムということになる。
ゴーレムは、操縦するものである。
操縦者としての技官も、目を細めて「リアルだあ」なんて呟く。
ガウリンガルの表示計では“(^^♪”みたいなのが、液晶パネルに映し出され、ご機嫌であることがわかる。
操縦に必要な要素は、まず1つ“ゴーレムに好かれることである”。
2つ目としては“Xパッド・エリート2”というゲームコンソールに精通していないとならない。
世界的にみると、CS機の売り上げはS7Proが3800万台という驚異の数を裁いた。しかし、コンソールだけを見ると、X-XBXに付属してきたXパッド・エリート2が、世界標準規格を3年連続で輝き、今ではS7Proでさえ競合社のものを非公式であるが認めている。
そのコンソールを採用した、ゴーレムの操縦桿を預かる技師にはXパッド・エリート2に熟練していなければならない。
とは言え、この世界にはXパッド・エリート2しか存在しない。
マルが持ち込んだものが世界基準なのだ。
さて、飛竜ゴーレムには正パイロット技師と、副パイロット技師の他にグリーンヘルムのスライムナイトが3人乗りこんでいる。超高高空を飛行してバッテリーの消費を節約しているが、暖房を切ると途端に凍り付くので、防寒対策としてどうしても対凍結耐性魔法が常時発動している状態にある。
その分、予備バッテリーへの交換はすでに、予想を上回る速さで消費していた。
「あと、何本残ってますか?」
後方の格納庫へ声をかけている。
3人は、空になったポリタンクのようなケースと、電池マークのゲージが“緑色”のをと分ける作業をしている。
このタンクが意外と重い。
「あと4本しかない」
4本しかと、言うのは使い切ったのが3本だからだ。
当然、予備バッテリーに交換し終えた直後のやり取りだから、やや猶予があるものの怪しさが増す。
《マル様、持ちそうにありません》
無念ですというニュアンスが含まれる。
ヘッドセットに擦れがちに聞こえるのはマルからの返答だ。
《構わないからパッケージを取得したら、“カンダハル環礁”まで飛んで――空中給食させるから》
耳を疑った。
何度か聞きなおしても、同じ答えしか教えてくれない。
《いいから飛んで》
◆
“超”軍の斥候と六皇子の斥候が示し合わせたように、泉水洞という地で水を飲み合っている。
かつて仙人という“さいしょの人々”の末裔、仙術の祖人が水を湧かせたという伝説のちであり、辺りが干害に陥っても、この地だけはこんこんと水を湧きださせていたという話である。
今までも枯れることのない地域の大事な水源であるという。
その場を選んで、彼らは情報を交換する。
「将軍らが六皇殿下が存命、無傷であると知れば喜ばれると思います」
超軍の兵として、斥候の数名もわずかに緊張の緩んだ表情を見せている。
「いや、事態は深刻だ。皇子が生きているいや、我々の場所が知れ渡ると帝国の追撃部隊が今度こそはと、強力な兵を差し向けてくることは必定だ。君らには悪いが合流は難しいと思ってくれ」
確かに、野営地の場所も兵数さえ明かしていない。
ただ、皇子は生きているから無謀無策の類だけはしないで欲しい、といった皇子本人の言葉を伝えただけに過ぎない。
「では、やはり何か策でも?」
「いや、私のような一介の将には降りてこない話だ。知らないよ」
斥候としてあるのは、百人将だ。
軍議に呼ばれるような手合いの将ではないが、斥候として赴く者としてはやや階級が高い。
だから献策を携えていたと勘繰られても仕方がなかった。
「そうですか」
「時に...貴殿らの兵はどこへ向かう?」
◆
エサ子は直立不動のまま、固まっている。
彼女の眼前にはやや鼻息の荒い槍使い(お姉ちゃん)が拳を握って立っていた。
「裾、直して」
腰まで上げていた裾をもとの膝上まで直す。
腰帯を結びなおして、小首を傾げた。
「あ、兄上は...」
「ああ、コレのことは気にしなくていいから。あたしの妹ちゃんに悪戯するような不届き者には鉄槌制裁を食らわせてやるわ!!」
物騒な物言いだ。
剣士の視界には確かに縦筋が見えた。
ただ、同時に火花も散ってみえたから、視覚の遮断の方が早かった気がする。
「あ、...あ...」