-601話 北バルカシュ海戦 ⑧-
明けまして、おめでとうございます。
2019年3月より、累計約34万PV数となり、ブックマークも190を超えることが出来ました。昨年は格別のご高配を賜り、ありがとうございました。
今年は、クライマックスに向けて邁進いたしますが、そのままこれを完結させるのではなく、とって返して序章より新しく加筆および修正を加えまして、刷新していく予定でいます。
ご挨拶といたしましては、荒々しい宣言となりました。
が、今年もよろしくお願いします。
新年を祝う行事はどこも同じだ。
帝都の王宮からは時を告げる鐘ではなく、新年を祝うためだけに60分ごとに祝辞の鐘と祝砲が轟音をとどろかせている。
普段、まったく動かない聖なる大鐘楼から打つ鐘であるから、市民のありがたやなんて声が方々から聞こえた。
が、正直な話――ラインベルクは、この音が嫌だった。
影武者を玉座に残し、ラインベルク皇帝は市井の屋敷で天井を眺めている。
「ふむ、去年もなんか...こうしておった気がする」
天井の染みをひとつひとつ数えながら、深くため息を吐く。
これはマグロという不感症である。
腹の上に衣を乗せ、仰向けにただ終わるのを待つ。
「難儀だ...アリスのように苦悶によって顔を歪ませてみたいものだが。そちのその表情が、我の欠け堕ちた感情の助けてとなっていること、誇りに思うが良い」
と、囁く。
皇帝の相手は、甲蛾衆の棟梁アリス・カフェインだ。
彼女はいや、アリスは男の娘である。
どちらもこなせる技を持っていたが故、皇帝の寝所でもその技を発揮しているが。
ちっとも良くなった試しがない。
まあ、勝手にやり終えたアリスの苦悶を見てとって、皇帝もそういう表情を習得するために足しげく通っている訳だ。特に新年の祭りは数日間続くために、影武者を置いて、しばらくは甲蛾衆の館で逗留することができる。
まあ、その分、夜ごとの秘め事は褒美ではなく仕事であるから、昼間のアリスは不眠症もいいところだ。
目の下にクマを作って登城する日もあった。
「なんだ、盛んだなあ...カフェイン殿は」
と揶揄うのは、娼年という十代の中頃にある少年たちを漁る貴族様だ。
アリスが男の娘であることは、性癖によって理解しているし、彼が十代の後半に差し掛かっていると聞くや、さっと手を引いた人物である。
傘の開かない青臭いエリンギのうちが、変態貴族の食べごろというものらしく。
アリスの佇まいを見て『惜しいな、あと2年いや3年はやく出会っておれば...その穴、よい絞め具合であったろうな』と、嘆いて聞かせた。
本人を前にしてだ。
「ああ、はいはい...ボクも毎夜なんて思ってもみませんでしたが、なかなか放してくれませんで」
のろけ話をひとつ吐く。
アリスが登城しても、皇帝は彼の館で休暇中である。
執事の焼いた餅に舌鼓を打って、公務では見せない微笑みを浮かべている。
「羨ましいね、そういう体力は」
「何を言います。閣下も、寝所にひとり、ふたりなんて数じゃないって話を耳にしていますよ。ボクの場合まあ、短距離走だとして...閣下のはマラソンってとこですか?」
一晩の果て具合を指したものだ。
実際、皇帝の方は逝ったのかも微妙なものだが、アリスは陛下に多くの表情を見せる為に、理不尽な責め苦を受けている。それが果てる寸前で根元を紐で縛り上げられるような苦痛を伴うものであっても、プレイとして甘んじて受けているのだ。
これも、甲蛾衆という家族が生き残るための大事な仕事である。
◆
日課である甲板磨きを途中で放棄し、樽の上に座り込んでいたエサ子は、潮風に身を任せていた。
目を瞑り、耳で景色を探る。
鼻や舌でも感じ取ることが出来る。
今、この時間は平和だ――と、心地よく感じていると――彼女を呼ぶ声が聞こえる。
瞬間移動でもしたのかという感覚がある。
エサ子の前に黒いネコと少年、その傍らに巨漢の兵士が立っていた。
《この度も、急な呼び出しで済まない》
と、少年は囁く。
傍らの兵士は、目を丸くしながら見ているだけで、口が動いても声が聞こえない。
《この会話はボクを通して、双方には映像しか見えない状況なんだ...それ以上は複雑な術式が必要になるし、今は未だその段階ではないと思う》
と、少年の困った顔はもう見飽きている。
エサ子も少年に対し、
《器を変えたの?》
と、問う。
少年は小さく頷き――あれは、もう使えない。
《そう...》
《でも、君をこちらに召喚できれば、ボクはもう少し自由に行動できるようになる筈なんだ》
エサ子の最終目的地を伝える為に心を繋いだと説く。
そして、巨漢の兵士にも誰を待っているのかを見せる為に繋がった。
《“世界”が介入する前に今、打てる手は打っておきたい...分かって貰えるかな?》
《うん。それは理解している》
外野が騒がしくなってきた。
勿論、エサ子側の方だ。
当直士官が、彼女のサボりを発見して激高しているようだ。
心の繋がりから解放されると、エサ子は深い眠りから覚醒する。
目の前には保護者であるハティの姿があった。
「いや、これには少々厄介な病気があってな...仮病ではない。うむそうだなあ、なんといえばいいか...これは呪いのようなものだ。感染りはせんのだが」
と、苦しい言い訳をしている。
覚醒したエサ子は、
「ボク、病気なの?」
「ほら、自覚もないほどの病でござる」
一応、船長には納得して貰えた。
ヨネの方は、回復魔法の技術が相当高い精度であると船医が褒めちぎっているので、誰かに師事しているのかと尋ねられ、マル姉妹の末妹であると素直に答えた後、待遇が途端に変化したという話がある。
「なぜ、それを早く言わんのだ! 魔王陛下のご友人とは...」
「友人? 姉さま方が???」
ヨネの方が目を丸くして驚いていた。