-592話 ヘラ島撤退戦 ⑥-
とうとう、斜面をわらわらと人の群れが登り始めている。
港の跡地は今も懸命に、魔王水軍が粘って文字通り“通せん坊”をしてくれている状況にあった。
その水軍の長はMC・ペリー将軍という。
かつて、南欧の海ことアルボラン海とバレアス海の両海で、辣腕を振るったホオジロザメの魔人である。彼は、自ら白兵戦のど真ん中に飛び込んで、敵将の首を次々と撃ち落とした者としても有名で在り、二つ名として“キロチンのペリー”と恐れられた。
ネーミングセンスが海賊っぽいのは、帝国に組みする艦隊の殆どが海賊だったからだ。
そのペリー将軍も数々の武勲によって、今では南欧艦隊司令官という肩書を拾っている。
「よし、時間は稼げた」
基地司令は、灯台へ狼煙を上げるよう伝令を走らせた。
時間とは、要救助対象者の避難完了を意味している。
既に音声通話も出来なくなった、水晶が明滅したことで、稼ぎきったことを理解したところだ。
明滅が終わると、水晶はただの黒い鉱石へと変貌する。
「狼煙、上がります!」
皆が屈みながらにそれぞれ空を仰ぎ見る。
――我ら、最後の抵抗を試みる。故に一時的な協力に感謝する――
と、いう内容の色彩豊かな煙が上がる。
まあ、いわゆる玉砕宣言であり、魔王水軍には撤収を促すものだ。
命令通りに多くの色が空をへ上がった。
ペリーの視界にもその狼煙は見えている。
「ふんっ、人間が」
ホオジロザメの姿で甲板の上にはない。
一応、水軍のすべてが外見擬装による人間の姿を獲得して臨んでいる。ペリーは身の丈約190を越える大男であり、揉み上げは顎髭へと変わるように伸びていた。
口髭は無く、やや精悍で太い剛毛な眉毛が頭髪と同じように主張しているタイプだ。
筋肉の鎧と形容できる肉体を持っている。
シャツの悲鳴が聞こえてきそうだ。
「小癪な真似をいたしますな」
副官は二名ある――シャチ族の男女だが、どちらも性格がちょっとキツイ。
女の方は、アルトリア・フィリップ中佐。
飄々とした雰囲気があり、人懐っこい面を持ちフランクに人付き合いを構築する。
まあ、付き合いやすいと言えば、その通りだ。
また、物事には筋目を付けるタイプでもあるので、正義で無ければ権力に関係なく噛み付く獰猛さ、反骨精神で動く。
武器は、これといってない。
手持ちにデッキブラシがあれば、それをも巧みに扱い武器にする。
男の方は、ライネス・B・クラブ中佐。
キリ眉の男前な将校だ。
海兵出身で珍しく騎兵科(=海馬を操る職種)から提督の副官を拝命した。
自分自身の世界というのがあって、とっつきにくさがある。
フィリップとは真逆であるが、一点集中なきらいがあって頼りになる。
獲物は、魔法長銃の操作だろう。ただし、槍も扱えるがそちらは、蒐集のタネであるので、良いものがあると戦場でも大事に仕舞い込む癖があった。
と、このように性格の違うふたりがペリーの横で、島の狼煙を見上げていた。
「どうしますか提督?」
ライネスの問い。
アルトリア・フィリップは意図を汲んで先に動いている雰囲気があった。
例えば、彼女の行動が裏目に出ることはまずない。
ペリーの性格は、彼女が彼の下に配属してからずっと見てきたから、背中で何を考えているのかをやや正確にに向いている。いや、ややと言うのは、その幾分かのズレをペリーが苦笑交じりに埋めているからだ。
その穴埋めをライネス曰く『過保護だ』と非難した。
だが、ペリーは『可愛い娘...みたいなもんだからな。多少、先走ってたとしても期待を裏切れんじゃないか』と、良い退けたエピソードがある。
「全く、返事が出来ないのが癪だよな」
「はい」
副官はそれぞれの場所で呟く。
舵輪を握る船長もだ。
「ならば、ひとつ。派手に撤収といくか?!」
上甲板の上でペリーという大男が、足を踏み鳴らした。
皆が同じようにそうして見せる。
「艦隊っ! 全軍に通達、縦列陣形そのままぁ!!」
アルトリアの細くて小柄の身体から、芯に響く声が轟く。
船に備え付けられた鐘がなる。
「スタンセイルを張れ! 全速で北天艦隊の本陣を強襲する!!!!」
踵を返し、ライネスが吠えた。
ペリーは、微笑んだままだ。
「ぶちかますぞ、てめえら!」
◆
呆然と立ち尽くすゴブリンの群れの中を、物音を立てずにそっと進む一群がある。
金物といえば、武器と鎧、あとはスコップなどになるがそれらも毛布で包み込んで、静かに息を殺して抜けている最中だ。誰か一人のクシャミでも、この行軍を危険にさらすことになる。
ただ、ひたすらに祈りながらゴブリンの林を抜けた――。
そんな状態になったのは、やはり治りかけのメルルに原因がある。
彼女は大丈夫だと言い張ったものの、いざ本番で魔法の制御をミスった――致命的ではないが、本調子でなかったために、術の掛かりが浅かったという話だ。彼女以上の幻術士が存在せず、掛かり難かった連中は、デュランダルの瞳術?によってミカエルが補強した。
首無しの騎士からどう、瞳術が放てるかは甚だ疑問が残るもののミカエルは、メルルを担いで移動した。
勿論、メルルが夢にまでみた“お姫様抱っこ”という方法である。
彼女曰く『もう、死んでもいい』といった。




