-583話 ヘラ島攻防戦 ⑦-
「仮に魔法の盾であの砲弾から、船団を守るというのは?」
船長が“水巫女”の賢者に問い詰めている。
彼女は、船長居室を占拠して2日目だ。
小型船を島の付近まで特攻させたら、臼砲による砲撃を喰らって敢え無く海の藻屑にさせられた。
上陸部隊を積む船団が、百や千やと大部隊なら、多少の損害をも目を瞑って強行できなくもない。
だが、蘇人の船長らは“強硬”という言葉に、従う気はないと猛反発している。
司令官も心の底では、蘇人の反対を期待していた為、渋々という判断を示して場を治めた。
「ま、その砲弾の威力が...巨人をも張り倒すってんなら、焼け石に水じゃないかねえ。凌辱と、慮辱は違うからねえ。妾としちゃあ、前者は願い下げだよ。あれは、単なる暴力さ“M”と“S”には明確に互いの“愛”があって成立するものさ。飛んでくる弾にぐちゃぐちゃにされて逝きたいなんて思うほど、妾は変態じゃない」
“水巫女”に意見を求めたのは間違いだったんじゃないかと、船長らが思い始めている。
「でもね、魔法の城壁なら耐えられるんじゃないかな...多分」
少し弱気なのは、あまり得意な魔法では無いからだ。
無属性かつ、各属性の耐性を辛うじて持つ魔法城壁は、術者の力量次第で要塞化も可能にする防御魔法である。高位の魔法使いになってから、使用条件がクリアされるのでリストに加える頃は、魔法の盾がかなり成長してしまっている時期と重なってしまう。
レイド戦や、集団戦(戦争パート)でしか使用することのない魔法城壁を育てる魔法使いは、当時でもかなり珍しい部類にあったといえる。
加えて、覚え始めの熟練度では、個人を守る魔法の盾よりも貧弱というのがあってなかなか育てる魔法使いは少なかったものだ。そのあとの修正パッチやアップデートによって、魔法城壁の全貌が明らかになると、状況は一転したようだ。
ある程度の上級者となると、なかなか考えを改めるという機会もなく、そのまま取り残されるというシーンになったものだ。
これは“月の城”だけの問題ではない。
世界の果てまでいって探しても、シールドバッシュで多数の敵を薙ぎ払った賢者は、ふたりだけである。
魔王軍に参加する兵法家と、魔法少女マルだ。
高密度にして高純度、防御系魔法に攻撃系バフをふんだんに盛った力業。
城壁というイメージだから割と単純にみえるが、巨人のグーに握った拳みたいなものが殴りかかってきたと思えば、いくらかとんでもないことをしたことが分かるだろうか。
それほどの密度で防護に回ったら、崩せる力もなかなか見つからないだろう。
「とりあえず先に行っておく!」
船長らの目が“点”になる。
しおらしく頬を朱に染め、クネクネ気持ち悪い動きをしている“水巫女”がある。
「妾は、魔法城壁が得意じゃないから」
顔のパーツが無くなって見えるほど白けている。
船長たちも、彼女にそこまで期待していなかった。
むしろ、魔法使いとしての意見が欲しかっただけだからだ。
「な、なによ...その顔...」
「まあ、しいて言うと、期待してません」
はっきり言った将帥は、彼女のグーで殴られた。
細い腕でよく張り倒せたなと、そちらに関心がむけられる。
「で、デリカシーってもんをね!」
◆
「司令官」
ヘラ島の灯台から兵が走ってきた。
水を薦められ、飲み干してから灯台守の守備隊長から預かった“言葉”を告げる。
「ついに本隊がきたか...」
東の海に、白い帆の陽炎が見えたという。
目視可能な少数の船団のではない帆の影。
水平線を埋め尽くすような雰囲気だというのだ。
「間に合いませんでしたね、援軍」
落胆する近習の兵士たちを、司令自身が肩を叩いて気合を注入する。
「まだだ! 重要施設は海からでは見えんし、船の仰角を考えれば転覆するほど傾けなければ、防壁まで届くのは難しい。備砲を利用して、時間を稼げば勝機は必ずある!!」
司令官の執務室内で演説し、皆を奮い立たせた。
が、島内の鼓舞は、それぞれを守る守備隊長に委ねられている。
◆
黒衣の騎士の3人パーティは、路銀獲得の為に道すがらで傭兵の仕事を熟していた。
暫くすると、黒衣の傭兵なんて中二病みたいなネーミングで呼ばれるようになる。端正な顔立ちの騎士が眼帯をしているものだから、傭兵以外にも隻眼の騎士なんて呼ぶ奴も出てくる。
そういう噂に上るようになったのは、冒険者ギルドに登録していないからだ。
ギルドを通さない仕事は、仲介料や紹介料なんかの中間を抜かれない分、報酬は高くなる。
しかし、依頼内容の真贋も個人で判断しなくてはならない。
また、ギルドに回る筈だった仕事を横取りする訳だから、組合ってだけの存在ではないギルドを敵に回すことにもつながる訳だ。
この辺りはやや面倒な話だ。
樽がゴトゴト動く。
それを女性兵士が一瞥――「将軍、この子たち“おしっこ”ですって」――と、馭者台にある剣士と、座していた騎士の背中に告げた。
樽からは、デリカシーの欠片もないとの怒りの声が届く。
荷台から、黒っぽい小動物らが草陰へすべり込んでいる。
「先ほどの村で済ませて居れば、こんな物騒な道端で...」
と、言い終える前に剣の柄へ手を置く。
手綱を握る剣士の表情も固く険しくなる――。
「どちらさんでもないか...ギルドの方々かな?」
眼帯の騎士が問う。
女性兵士は、草場に潜り込んだ小動物の回収中である。
「てめえらのせいで、こっちに仕事が回ってこねえんだよなあ...少し分けてくれねえか?」
下種な物言いだ。
思わず、剣士が失笑してしまっている。
「いや、失礼。私の部下はいつも眉間に皺を作っていてね...ストレスが溜まっていたところに君たちの芸風が気に入ったようだ。彼が嗤うのは久しぶりにみたよ、いや、その感謝の気持ちとして対価を払うとしよう...銀貨10枚でいいかな?」
騎士の提案に調子が抜ける。
そのやり取りも剣士のツボにはまったようだ。
失笑が爆笑に変わっていた。
「...」
荷馬車が大きく沈み込む。
荷台の床を二度、大きく叩く音が聞こえた。




