-29話 とある男の子-
空に浮かぶ巨大な島に覆われたその頃、王国の外れに双子のダークエルフが遠足の為に遠出していた。
幼さが残る齢80歳の幼体であるエルフの娘ふたりは、祖父の言いつけ通りに異装に身を包み、自衛用の小剣と石礫で身を固めていた。
エルフの子だけで人間は歓喜し、不道徳な行いを実行する。
ましてダークエルフともなれば、それは顕著だ。
ダークエルフの置かれている地位は厳しい。
魔王軍の手先でも無ければ、森の守護者・エルフの仲間でもない。
彼らは実に肩身の狭い思いを強いられてきた。
特徴は、魔女の家系が大半を占める。
攻撃よりも弱体・強化魔法に長けて強力だ。
幼体で上位魔法を習得し、成体で最上位を扱える個体も多い。
超位魔法まで到達した天才も存在し、過去、勇者と共に世界を巡ったという英雄譚が残る。
が、それでも人間とくに勇者と呼ばれる存在には、心を赦してはならぬという鉄の掟があった。
勇者と世界を賭して戦ったダークエルフは魔女だった。
不幸にも眩いほどの美女であり、斥候として参加していたエルフの少女の怒りと嫉妬を買い、ダークエルフの魔女は、パーティ全員の慰み者の烙印を押されてしまう。そうして表では偉大な業績を残し、裏では村に戻った彼女は、廃人となっていたという。
悲しい話がある。
まあ、晩年のある時に魔物が村を襲ったきっかけで彼女が壊れただけかもしれないが、或いはそれ以前から心が壊れていたのかもしれない。
それでも、村の長老は『人間に関わると碌なことはない』と子供たちに教え込んでいる。
そのふたりも、村を出たその時まではそう考えて慎重に行動していた。
◆
王国の端にある小さな村にかわいい教会がある。
集まって10、6人程度しか集会が開けそうにないくらいの規模だ。
牧師は村の中で居住し、教会は説法を行う時にだけ開くようなありさまだ。
その教会を背に騎士風の男たちが村人を前にして対峙している。
「陛下よりのお達しである、速やかに今年で15となる子を差し出すがよい!」
唐突な話だ。
子供を差しだせと言って『はい、そうですね』と手を引いて連れてくるはずもない。
その為の完全武装ということが、騎士たちの態度で村人に伝わる。
この村は貧しい。
それ故に15ともなれば、村の大事な働き手として期待できる年齢である。
こういう村は少なくはないだろう。
女の子であれば、母親候補――村に子供をもたらす貴重な存在だ。隣村や少し遠くの村から婿を貰って、村が発展する可能性がある。男の子ならば、村の大人と一緒に田畑を耕し、水路や道を整備して若い夫などになって村を支える大人になってくれるだろう。
希望は尽きない。
彼らは、村にとって大事な宝だ。
「てめぇーら! 馬鹿か?!」
「俺らが無知だってこたぁー知ってるがよ! 子供を簡単に手放すと思ってんのか?!」
ひとりの親が吠えると、次々に大人たちが騒ぎ出した。
ひとり、ふたりと突き飛ばされても、この騒ぎは大きくなる。
村人が騎士を突き飛ばし、不穏な雰囲気に変わる。
騎士が剣の柄を握らんとした時、
「よせ、それでは」
と、遮った騎士がある。
「この下命は、陛下よりの勅命だ! ここで強行せねば、我らの命とて」
更に騎士の中でも、揉め始める。
「おじさん、卵を2つ」
少年が肉屋にきた。
タイミングの悪い子供だ。
他の子どもたちは、教会が運営する学校に通っている。
彼は、食堂で住み込みで働く子だった。
「あれは?」
「いや、15にしては小さいが」
騎士の視線が彼に向いているのは分かっている。
村人は、自分の子供で無ければと考えてしまった。
彼には親がいない。
せいぜい食堂の主人夫婦が働き手に不足すると、心配する程度じゃないかと思ってしまった村人もいた。彼らの気持ちが悪意に変わり、企みになって口をついて吐き出していた。
――『彼こそ、わが村唯一の15の子供だ』と。
恐ろしい話だが、自分の子供は全力で守る。
これは当たり前だ。余裕があれば、隣人の子供を守る――そういう部分も確かにある。最悪は、親の心が壊れて自分たちの子供さえも差し出すという輩も確かにある。これは、生きるためだと。人それぞれのケースだ。責められはしないだろう、本人以外には。
さて、悪意を向けられた少年はとても15には見えなかった。
髪を束ねれば女の子にも見える。
童顔で可愛らしく、艶もあってしなやかさを感じる。
おっとりとした性格であろう雰囲気は、気怠そうな瞳のせいだろう。
「少年、こっちにこい」
騎士は、卵を受け取った彼を呼んだ。
呼び止められた子は、振り返るも小首を傾げて、とっとこと足早に走り去ってしまった。
「...」
「何だったんだ、今のは?」
会釈したのだろうと決着はついたが、騎士のひとりが『あれが居る場所を教えろ!』と怒鳴っている。
村人もこの反応を待ってたのであっさり教えている。
教会より北、南にある学校よりだいぶ離れた場所に食堂があった。
冒険者が立ちよる冒険宿も兼ねている関連施設。
その主人夫婦に住み込みで働く少年は、確かに今年で15になる。
12の時にふらっと現れた少年の請願で、配膳や料理をつくって村人の舌を唸らせた子だ。
彼本人も好かれていると感じてた。
が、こういう事態が起きれば、好意なんてのも当てにならないと――思ったかは定かではない。
食堂前の騎士ら6人。
従者3人といった様子。
「何ですか、仰々しい」
出てきたのは主人だ。
冒険者だった過去と冒険者ギルドの職員でもある。
昔の名残のある古傷と、巨漢がそれを物語る。
かつての職業は格闘家。
一般冒険者で到達可能な肉体強化スキルの特化を得ているおっさんでもあった。
「ここが冒険者ギルド管轄権であると分かって、その腰に下げてる物を抜くってんなら...こっちもそのつもりでお相手しますよ?」
世界有数の冒険者ギルドは、この王国を敵に回しても生き残れるしぶとさを持つ。
いや、逆にこの王国が世界から攻撃される可能性の方が高い。
「い、いや。そういうつもりはない」
と、未だ冷静な判断が出来る騎士が自戒しあう。
「15となる子を探している! 大人しく差し出すがよい」
火に油を注ぐような物言いのひとりが額面通りに命令書を復唱している。
「お、おい!」
「差し出さなければ、一戦交えるのか?!」
「これは、陛下よりの下命、勅命である! この国にある者であれば法に則って、これに従うべし!」
言い切った騎士の顔は清々しく輝いていた。
もっとも、これを言いたくてうずうずしてたクチだ。
この騎士は、村人の理屈などどうでもいい、命令を実行させろとさえ考えていたくらいだ。
「てめぇーらなー。物は言い方だろうが! 上から目線でいいやがって」
「おじさん、もういいよ」
少年が腰に小剣を差して、旅装束を整え店先に立っている。
「お、おまえ」
「ボクが彼らとこの村を離れれば、村の人も安堵するんだよ」




