-569話 第一次 カスピ海海戦 序章⑧-
現在、カブールの港街の人口比率は人間、人間と思しき、或いは亜人を含めて、6割。
人間じゃない、明らかに人間には見えないが3割、のこり1割は不明というので構成され、約10万と345人?と、確認されている。北天の優秀な役人による選別と計測によって導き出された、数字がそれである。
役人曰く『これでも少なく見積もっています。協力に応じなかった者が少なからず居りましたので』と、付け加えられてあった。まあ、それでも、この町の状況はおおむね把握できたところだ。
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街の支配は、所有権は北天七王国の共有財産である。
が、支配と統治権は“蜀”にある。
ここで問題が生じている――船の籍の問題だ。
転移門を通じて、運び込まれる船はすべて“蘇”で建造された、“蘇”の固有財産である。勿論、供出ではなく“蜀”に貸し出しになる扱いであるから、喪失すると国内問題になりかねない。
いや、船はまた、作り直せばいい。
問題は、それを操船する人の方である。
少し前に、総帥を交えた会合があった。
この壮大なる計画を立案した、新設の参謀府という出の将帥が一堂に会したものだ。
作戦が遂行されて、恐らく大規模な修正会議は初めてかも知れない。
計画の修正と加筆が行われた。
この世界に世界地図というのは存在しない。
数千年前、或いは万年かもしれない以前のプレートに焼き付けられた、かつての“世界”は遺物として残っているが、現在はそれほど陸地面積が広い方でもない。
もっとも、海の方がより広く深くなった可能性さえある。
星の再生期というアレのせいだ。
そうすると、各地域は国威の一環として、地図を各々で作成する。
精度は言わずもがな。
小競り合いが激しい地域の地図は、国境線とその周辺を把握するために、緻密になる。
緩慢となっている地域は、双方無駄な努力が多くなる。
こうして出来上がった地域図を重ねながら、“世界図”を作ろうとするのだから、ズレて当たり前という話に戻る。そう、カブールの港町にまで進出した北天“蜀”王国は、目の前に広がる碧の海を見て感嘆し、後に落胆した。
地域図には島が点在している筈が、何も見えない事だ。
地元の漁師は、すぐ其処だからと、いう。
「半年も掛ければ、周辺海域を探索して、簡単な略式海図を描くことが出来るでしょう」
と、本国の技師は言う。
“蘇”人である。
北天七王国は連合国家だが、何もかもが共有している訳ではない。
七王国の上に、存在する者がないことからも明らかで、“蜀”人ははじめて港町を手にしたが、使い方をよくわかっていない。交易をすれば、税を多く得られる装置みたいなものだと思っている。
「半年では遅いな」
“月の城”から派遣された賢者が呟く。
既に、西から帝国の兵が迫っているという噂がある。
北天にも斥候のスペシャリストが無いわけではない。
“百目”という浅黒い肌をした人々の集団であり、顔や手、足に黒い覆いをしている。
舞台袖にある黒子みたいな連中だ。
「それは?」
「西から、帝国の侵攻を仄めかされた...“百目”では、その先を掴み切れない...ここにきて、甲蛾衆を失ったツケが効いてきた」
下唇を甘噛みしている。
悔しい気分になると、彼の癖が出る。
賢者と共に、ハイフォン戦の幕僚もカブールにあった。
すべて“蘇”人である。
「総帥は修正案に満足されたが、そもそも損失状況によっては、現地調達が可能かの検証もこれからとなる。海図の制作、陸路の遠征、水軍の方面軍新設...盛りだくさんじゃないか」
とても半年で解決する案件ではない。
多く見ても年単位と、賢者の苦笑いを副官らに見せている。
「順当では無かったかもしれませんが、その...検証のほうですが」
「...」
「地元の船大工を確保いたしまして、この地域の船種を建造させております」
“蘇”人だから、船を見て歩いていた。
漁をするのに用いているのは、三角の大きな帆を一枚、掛けたものを使用している。
船の規模も4~5人で操作するのに丁度よい大きさで、簡易な甲板と船倉があった。
船種としての名はないようだ。
「俺も、船に詳しい訳じゃない。魔法が使えない連中を運ぶ方法のひとつとしては...な」
転移門は、召喚ゲートであるから出発地点と、当着地点にそれぞれ同じ魔法陣を欠く必要がある。しかも、劣化が激しいので、維持と管理が非常に面倒なのだ。
管理問題を引いて、人や物資を大量に送ることが出来る点では、恐らくこの世界では一番優秀な選択肢だろう。
「このカブールは、ここを統治していた国では二級以下の街でしたので、他地域の港よりかは幾分か技術に見劣りがあると、地元の船大工は申しておりました。が、それでも無理を承知で、サムブークなる船種の2本マスト、大三角帆組の帆船を建造中に御座います」
「2本マストか! “蘇”であれば、中型でもたまにあるな?!」
賢者の心から雲が消えた顔色に戻っている。
少なくとも、漁船よりは大きく、外洋向きの船が造れるのであればこれを量産する方が良い。
「ただ、漁師のあいだではやや問題が」
「一難去って...ってやつか?」
「...魔王水軍の活動域という事で」
滅多に見ない事も漁師たちの口からは、常にあるかのように語られる。
水平線の彼方に見えない島を“見える”と嘯くのと同じことだ。
まあ、彼らの距離感覚では600キロメートル先はすぐ、其処というものなのだろう。
“蘇”人らによる地域探索によって、南に約300キロメートル...少し離れた地で島を発見した。無人島であることと、発見者の船長名から“カナート”島と当面は呼ばれることとなる。
探索中に魔王軍の船影を見なかった事から、漁師たちの嘘も露見した。