-563話 第一次 カスピ海海戦 序章②-
ミカエル一行は、北域鎮台府城塞跡地の痕跡を頼りに、アララト連峰の山越えを考えている。
かつてギザのピラミッドにように、主峰がみっつあるのが連峰の大きな特徴のひとつだ。
これらは地形の隆起問題によって、周辺地域で約500~900メートルほど隆起した結果だ。
連峰にみっつある、7721メートルの主峰を大アララト山から続いて、4899メートルの主峰には中アララト山、星の再生期以降で隆起によって生まれた主峰1608メートルを小アララト山としている。
1000メートルに満たない他の山も同じ地域に重なりながら、連なっているのでこれらの地域を“アララト連峰”と呼ぶようになった。
◆
各主峰の頂上付近は白く雪を被っていることが多く。
大と中アララト山では、気象変化が激しいため現地の魔物さえ近づかないという場所だ。
怪我人を抱えるミカエル一行でなくても、わざわざその山を目指す必要はない。
メルルが負った傷は、彼女の得意分野である職業に影響を与えるものではなく、大事には至ってないが、やはり荷馬車という足を失ったことは大打撃だった。兵とは言え、男女に関係なく足にダメージが蓄積していた。
また、必ず危険が隣り合わせの場合では、休憩をとった気に成らないという事もストレス要因になっている。
「どこか安全な地で一晩、何とかならんかな?」
ミカエルの膝枕に頭を置き、息使いの荒いメルルが横になっている。
それを3人が心配そうに見ているという雰囲気だ。
「こいつも相当、頑張っていますが...俺らも良くないですよね」
細目のコボルトは、メルルの前髪を脇に寄せるよう指ではじいていた。
「ああ、緊張が張り詰めたままだ。このまま山へ入ると...ゴブリンどころか、他の肉食獣にも対処できるか怪しくなる。ふぅー、体力があるうちに何とかしないと...」
深い森、ゴツゴツとした岩肌などにも、ゴブリンの巣がある。
人里にちかい地に巣をつくる、ゴブリンと比較するとやや狂暴なたちの悪い種だ。
生態系としては、中位階といったところか。
上位には、熊などの獣以外に魔獣マンティコアや、グリフォンなどがある。
群れで生活するゴブリンでも、彼らと対峙すると、ひとたまりもない。
ゴブリンと同じく危険な動物では、やはりオオカミだろう。
コボルトのスカーが懸念しているのは、このオオカミだ。
鼻の良いハンターだから、メルルの状態をも、嗅ぎ分けているに違いないと思っている。
「いや、その前に...」
「この近くに村はあるか?」
周辺地図が無いわけではない。
しかし、この世界に送られる以前のものだから、頼りになるとは思えない。
「ない可能性の方が“大”です」
「いや、痕跡くらいは残ってるはずだ。もともと平地であったならば仕方のない事だが、確かに今までも“選択しなかった”から、繁栄こそしなかったというものは見てきた。俺の勝手な推論だがな、俺たちのいた世界と決定的に違うのは、物凄く近い情報とは大きく違うだけで、そのほかはまあ、同じだという事だ」
「結果的に似てるってことですか」
「およそ、そんな感じだ。エルザン領も大小の違いはこそあっても、記憶していた地には街があった。開拓村というおよそ10か20年くらいでは、無いかもしれがな」
ミカエルの意を受けて、ポーチの地図を広げる。
端を小石で封じ、焚火の火を枝に移して、指を走らせている。
「街道まで戻らないと無理そうです。近くにありそうなのは、狩猟小屋くらいなようですが」
「まずはその小屋へ」
洞窟ばかりを探して移動するのも難しい。
一行は、最後の力を振り絞るように、狩猟小屋へ目指して移動を開始した。
◆
「いや、そんな地域、聞いたことないよ。ボクだって万能じゃないんだから」
と、マルは口を尖らせて拗ねている。
浜辺にちかいカフェで、温いミルクティーを啜っているところ、リザードマンに拉致されたところだ。当然、ミルクティーは卓上に残されたままである。
だから、最後まで飲めなかったことに拗ねているのだ。
今、彼女は停泊中の船舶の中にある。
「船の揺れは慣れたか?」
「ボク、スライムだから揺れとか気にしないよ。落ちても泳げるし」
少々、突き放したような会話になっている。
特にマルがそういう方針で行動していた。
「そうか」
「だから、何度も言うように」
「ああ、君のではないと言うのなら、敵の仕業であることだ。魔王軍は、まんまと敵の仕掛けた罠を喰らった訳だよ。それも、皿に載せられた料理をすべて平らげてしまった...」
マルを拘束している訳ではない。
彼女は、自由に船を降りることが出来る。
だが、それをしないのはそういう雰囲気ではないという事だ。
「そのアサシンの人狼らは何て?」
「君はつくづく、こちらのカードを知っているな?」
不思議には思っている。
スライムロードは、魔王軍に組みしていても、人を派遣した記録はない。
彼らの魔法力が必要な時でも、出頭要請に応えた者はひとりもいなかった。
だから、ロードの出身と聞いて、魔王軍の将軍たちは驚愕を隠せなかった。
アクティブに活動する、マルが珍しいのだ。
「マスターだ...アサシンマスターの棟梁が言うには、帝国の空を飛竜と思しき編隊が舞い、ドニエプルを爆撃したというものだ。その内、一体はとてつもなく大きなもので、翼の一部しか見えなかったと、説いている」
遠見の鏡を起動して、彼らとコンタクトが取れるのはまだ、少し時間が必要だ。
今、河船を利用して“イズマイ・エール”水上都市を目指して移動している。
吃水の浅い、水上ヨットのような1本マストの帆船である。
荷馬車での移動よりかは幾分か安全なルートなのだという。
「なんか、既視感があります」
「既視?」
欧州の船旅...とくに河船には嫌な思いでしかマルにはない。