-552話 パプリカと白い熊 ④-
魔法の水晶というと、わりと大きな水晶玉のイメージがある。
船長オクトパー・デイヴィ・Jに鼻で嘲笑われた。
彼の顔のどこに鼻があるのかは、特に大きな問題ではない。
「友人枠ということで、特別にいい話をしてやろう」
「その友人枠ってのをとかく強調しているが、もしや俺たちだけか? 友人って...」
核心を突く気は無かった。
が、船長の悲しそうな瞳になぜか、謝ってしまっていた。
「...魔法の水晶ってのは、形の定義はないんだよ。要するに、道具だからな...ただ、消費されて手元から無くなるってものじゃないから、見た目に拘る連中がそれとなく本来の性能を形状変化させているのかもしれないな」
丸くなくてもいい、形、みてくれに左右されない。
魔力を帯びた、やや紫がかった水晶石であればよいという。
これを細工師に下へ持って行き、加工して貰えれば自身のステータスを見る為の道具になるという。
「簡単だな?」
「細工師は年々減ってるし、お前たちのように知識が乏しい者が出ているから、既に簡単なことではないようだが?」
船長の言葉に実感がない。
しかし、よくよく考えてみれば、そんな魔力を帯びた水晶が簡単に出土する筈もなく、その上、細工師が少ないと来れば自ずと、ハードルは高いことになる。先ずは、どうやって仕入れるかという点で詰んでいる可能性もあった。
◆
ステータスを視る為の“魔法の水晶”というのは、アバターの全記録データを参照できる、まさに魔法の道具であると、船長は解説してくれた。これを理解できているかは、相手が人語を理解して話せる白い熊にかかっている。
「要するに。その水晶があれば、今の状態を正確に推し量ることが出来るってことか?」
「まあ、そういう事だ。...簡単に言ってと条件は付けるぞ」
船長は、更に水晶の事についてもう一つ重要なことを告げた。
ステータスの細部を、見ることが出来るということは、個々人の情報を記録させる必要がある。「ん?」
「難しいかもしれんが、もう少し付き合え」
肉体と精神の両方の詳細な情報が必要になる。
細工師は、それらも含めてチューニングしてくれる貴重な調律師でもある。
ピアノみたいな打楽器と同じということになる。
肉体の情報収集は、血液の採取で足りるとしている――『吸血種の奴らは、興味深いことを言っておるぞ。...血の一滴でも、その人間の情報を多く含有しているとな。最後まで飲み干せば、記憶までひと飲みしたように感じるんだと言っていたな』船長の施術は続く。
精神の方は、メンタルトレースという手法が用いられているという。
魔法の類ではなく、技術的なアプローチによる干渉であるようだ。
この施術によって、しばらくは個人の中で乖離を感じることがあるという。
と、言っても稀のようではあるが。
「その情報を取得するのは何故?」
「ああ、調整を行った水晶に、肉体と精神をリンクさせて、状態の変化をリアルタイムで確認できるようにするためだ。これによって今、毒に侵されている...とか、数日前に受けた刀傷は、残り〇日で癒える...などの情報を知ることが出来る」
「それは、どんな時に...」
「傭兵ならば、次の仕事を受ける時の目安にできる。いや、冒険者であれば、自身の身体を勘だけで診察するのは無意味で、非常に勿体ないという事だ。もう少し労われともいえなくもない」
納得するように熊も頷いていた。
パプリカは、根はとても頑張り屋さんなところがある。
仕事に手抜きは一切の妥協もない――この反動で、自分の事は二の次、三の次にして考えるきらいがあった。
ハイフォン王国の功夫指導員だって、投げ出してしまえばもう少し、ズルイ生き方が出来たかもしれない。
「ま、それは難儀なことだ」
太い腕? 足かタコ特有の触手を手拭いで拭っていた。
「施術は成功した。暫くの間、身体の芯から火照るかもしれんが、まあ...それは仕様だから気にするな。吸盤による血脈の...何かだ、きっと健康にもいい筈だ」
と、ちょっと頼りが無い。
「因みにだが...変な虫が体内にいるとか、そういうのじゃないよな?」
確信は無いが蟲を飼う種族というがあるらしい。
獣人族の体毛の下に隠れているダニなどの虫ではなく、まさしく女性の胎内に住み着く寄生虫の類の者である。共生関係下にあるうちは、宿主の老化や新陳代謝を極力肩代わりをして、生存を優先するというものだが。
蟲の繁殖期には、激しい副作用で精神的に壊れる者も少なくないという、代物であるようだ。
「いや、可能性は無くもない...が。彼女は英雄の末裔だろ?」
「え?」
何故それを――。
「この子は、一族の証が下腹部に出ているようだな」
施術は終わっているから、パプリカには服を着させている最中だ。
彼女が起きた時に素っ裸では、大泣きする可能性は大である。
「戦士の家系いや、血統で13あるうちでは珍しくもないか」
「詳しいな?」
勇者や英雄だという連中がこの数千年の間に、幽霊船をみては“魔王”の手先だろ! と、喧嘩を吹っ掛けてきた。
「まあ、物騒な話。英雄だの、勇者だのと人にちやほやされた俄かな連中ばかりを相手にしているとだな...。儂の鼻が、類の(本物かそうでないかを)嗅ぎ分けてくれるのだよ」
と、顔の中心部を指している。
が、残念ながらそれらしい突起も、穴も見当たらない。
熊としても、何も触れなければ落雷は落ちないという、スタンスになっていた。
「だが、パプリカ殿の血の味は、少し違うのだな?」
最後の触手が、彼女の内太腿から引き抜かれている。
白い熊のぎょっと見開いた目に“怒り”が宿った。
「おいおい、そんなに怖い顔をしなさんな」