-549話 パプリカと白い熊 ①-
「潜望鏡深度まで浮上します」
幽霊船に潜望鏡なんて潜水艦めいたものはない。
要するにだが、肩車をして水死体たちが水面に顔を出すという行為が“潜望鏡”深度だということらしい。が、舵を握った半人前が『ヒィィィィ、ヒャッハー!』と、変な掛け声とともにドルフィンジャンプをかましたのが大問題となっている。
水中から一気に飛び出した幽霊船は文字通り、空を飛んだ。
警備船と警備母船ほど遠巻きにあった船は、難を逃れ助かった。しかし、直上にあった台船で作業していた人々はその衝突によって四方へ吹き飛ばされていた。高いものはゼロから4、5メートルは高く飛んでいるに違いない。
放り出されて、水面に叩きつけられて...失神している最中に溺死。
とんでもない攻撃である。
《な゛?!》
と、目撃とともに声が出た。
すべての船乗りの視線は、空を華麗に飛んでいる幽霊船に釘付けになっている。
フジツボのびっしりと根の張った船体に、年季の入ったコケのまだら模様などが記憶される。
そしてまた、豪快に着水するのだ。
水死体たちも船体から放り出された――と、同時に上甲板に瞬間再生される。
彼らは、船を降りることが出来ない奴隷である。
刑期100年。減刑なしの重労働だ。
それでも志願者は多い。
成り手、数多の人気職業が幽霊船の船員というのも変な話である。
一応、給金はでるし船内には“バーバリー・ウメダ”という理髪店がそろう。
イメチェンしたければ、髪がある内に理髪してみるといい。
「着水で、3回もバウンドしやがった」
見ていた船長や副長いや、船員すべてがバウンドした幽霊船とともに、体を上下に動かしていた。
「頑丈っちゅうのもどうかってとこですかね...」
投げ出された水夫の影だけが見えたからだ。
中華鍋の中の焼き飯のような雰囲気で、バラっバラっと零れ落ちる雰囲気。
「おっと、そんなのを見ている場合じゃない...台船の奴らを救助せねば」
母船の船長が副官の背中を押す。
半鐘が鳴り、小型船を救助に向かわせた。
◆
白い熊の背中に、しなびたナスビが乗っている。
意識はないものの、動かないので熊は犬かきで陸地を目指していた。
乗っていた船がまさか沈められるとは思ってもみなかった。
王国に帰ってもいいが、このまま死んだものと思われて去るほうが、パプリカの為ではないかと、熊の浅知恵である。背中でぐったりしている彼女とともに適当な陸地を目指していると――。
「あっんれ?」
「?!」
熊が見上げると、クレーンゲームの要領で水死体を釣り上げている、幽霊船の連中と目が合った。
見覚えがある。
非常に見覚えがある...熊の脳裏に1年前の記憶が走馬灯のように流れていった。
「ここに熊がいますよ、せんちょおぉぉぉぉ~!!」
新入りのようだ。
白い熊は、何事もなかったように泳ぎ始めている。
それこそ幽霊船から離れて北天の船を目指していた。
「ちょいちょい! そこのシロクマ!」
聞き覚えのある声だ。
振り返らずにやり過ごしていると、船の方から二人の目の前に回り込んできた。
救難活動中の小型船に、船体をぶつけるような乱暴な操船でだ。
それで船が沈めば、溺れている連中に向かってこう囁くのだ――死んで楽になりたいものは、縄梯子で助けてやるよ?――である。
溺れてる最中の人々は一瞬、手足が止まる。
そのあと、水死体からオールで突かれながら『早く死ね、水死体になってボクらと握手!しようぜ、兄弟』と呟きながら頭を押さえつける訳だ。
「て、てめぇー殺す気か!!」
反論する奴は大好物であるから、
「あたりめぇーだろ! このウスラトンカチがよっ!! だから、とっとと死にやがれ」
なんて感じで応酬し合うわけだ。
生者と死者のあくなき攻防である。
◆
スカイトバーク王国のいくつかある港町の“ランカラウ”に、ひときわ目立つ巨大な船団が錨泊していた。これは、マルとメグミさん(仮2)らを収容するために出張してきた、南洋王国の船である。魔王軍ではないのは、国籍を示す信号旗に掲げられたのが国旗だったからだ。
「まさか、怪鳥だけでなく軍団まで輸送してくれるなんて」
モテリアール卿と騎兵隊も、箱舟のような船に誘導を受けていた。
スライムナイトらは遠足気分のようだ。
はしゃいでいる。
「多少、気がかりが残ります」
南洋のカメの甲羅を背負っている提督がこぼす。
「なんでしょう?」
「北天の南部地域では戦争中です。いつハイフォンが抜かれるかも...気が気ではないのです」
ハイフォンより南や西は密林が多いとはいえ、小国ばかりである。
抜かれるということは、その周辺の海域の安全確保が困難になることを意味する。
南洋と同盟関係にある国が襲われれば、集団的自衛権の行使としてやはり軍を派遣することになる。地域最大の火薬庫となるのは避けられないわけだ。
「なぜ、無理して南進を?」
「帝国の真似ではないかという見方が専らのようです」
マルは考え込む。
静かにうなりながらだ。
この港で、ミカエルとコボルト4人組とも落ち合う話になっている。
だから、時間はまだ少しかかるわけだが――。
「その危険信号は、今日明日ほどに危機的状況ですか?」
横から、メグミさんが問うてきた。
市場にて買い求めた衣類などの生活物資を両脇に抱えていた。
「いえ、たぶんは未だ...」
「そう」




