-548話 ハイフォン防衛線 ⑩-
「新兵器ですか?!!!」
早朝から“南林邑”の陣屋では、将軍たち幕僚が雁首を並べて集まっていた。
「いや、単なる投石だよ」
「とは?」
「上手くいかずに、揺れに任せて水面を叩くようならソレまでという安易な気分で臨んだ結果がコレだ。奇策とも言うまいな...まあ、あれだ思いつきの砲撃だよ。4基あればもう少し楽しめたが」
と、賢者はひとりで、思い出し笑いを浮かべている。
この報告を受けた時は、大爆笑の序に簡易ベッドから転げ落ちて、従者を酷く驚かせたという。
要する、できるはずもないことが出来たというのは、格別面白いことだという。
「設営中に海戦の一波乱があったらしいが...」
ハイフォンの水軍は強襲に間に合っていた。
だが、海賊船を相手にするのとは訳が違うということだ。
帝国の水準は世界の標準ではない。
が、その帝国と比較して北天七王国の水軍力は、約15~20年ほど差があった。
すぐに縮まるような差ではないが、天才が現れれば未だわからない。
その北天と周辺国の水軍差はもっと開きがあった。
◆
漁をしながら接近していた船団に警備船団の母船である、バーク級大型帆船(550トン級)が気が付く。3本マストの横と縦の帆艤装を施した船であった。メインマストの上部から信号旗が風にたなびく――“不審な船団を目撃する! 直ちに臨検せよ”――と、促していた。
王国では水軍の結成以来、はじめての実践だったというのもある。
小競り合いや、治安維持の観点であれば、王国水軍も大小に関係なく実績を積んできた。が、他国と戦うのは、この海戦が初めてであった。
「何が気になりました?」
母船の船長を捕まえて、主任士官が問う。
警鐘を鳴らし終えて今、船尾の舵にあった船長のもとへ歩いてきたわけだ。
「いや、怪しすぎたんだよ...動きが」
「ほう?」
「漁船が興味本位で近づくことは多々ある。鬱陶しいと思うことも多々あるが、それとは明らかに雰囲気が違うのだ...まあ、それと艤装だな。帆の張り方が気持ち悪い」
この地域の漁船は大きくても、中型の300トン未満で、1本のフォアマストに縦帆を張っていることが多い。
中型船でも2本のフォアマストとメインマストに、上部位だけ横帆。
下部位に縦帆艤装という“ブリッグ”スタイルを用いることがある。
そのいずれにも、船長は遠眼鏡で捉えた瞬間に、違和感を覚えたというのだ。
《総員! 臨戦態勢をとれ!!》
――海戦の始まりだ――と、号令が飛ぶ。
母船の船長の違和感は、他の母船にも伝染して鐘が鳴る。
この地域の火砲はまだ数が少ない。
だから、機動力で回り込んで、足を止めさせ乗り込んで勝負を決するという方法が主流だという。
少し野蛮な感じも受けるが、この方法でないと船でずっと鬼ごっこになる。
揺れる船の甲板上でせいぜい射程が数十メートルのマスケットを放つ訳にもいかず。
また、弓も波で跳ねる船体の上部では効果が薄い。
「拿捕する余裕もない...」
設営艦隊の邪魔にならないよう、速やかに戦闘を終わらせる必要があった。
それと、同時に砲撃によって海が荒れるのも防ぎたいという気持ちもある。
警備艦の他に、設営中の艦隊から中型の軍艦が派遣される――現場監督の怒りが目に見えるような采配であると、母船の船長はつぶやいた。
3本マストのバーケンティンという艤装の船だ。
帝国の周辺海域では、フリゲートに匹敵する傾向の軍艦であるようで、1層の放列甲板を持つ。
フォアマストのみ横帆を採用し、メインとミズンマストには縦帆が用いられていた。
船体は程よく細身、スタンセイル展開でトップギアの出足を稼ぐことが出来る快速船だ。
「な、本気だろ?」
船長の口笛。
先任士官も目を丸くしている。
「北天の造船場じゃないですよね?」
「オー・ラングドッグ公国を仲介にして、ロシュフォール王国から購入したという話さ。確か8隻注文して...4隻納品されたような話だったが」
と、事情通のように船長は語る。
この話は、船長という任にある者ならば、わりと誰でもが知っていた。
新しい船が来るとなれば、船長が絶対に必要になる。
すなわちベテランであれば、だれにでも可能性はあったからだ。
しかも注文した船は戦列艦ではなく、戦列間内を伝令などで動き回るフリゲートという新型の艦種だということだ。で、あれば小型船の船長にもと“夢”を描いたことは誰にでもあった。
“蘇”王国の“珠海城”という軍港に入港した4隻は、いずれも300トン超の中大型の軍艦であったという。正式には440トン、16ポンド長砲を22門も搭載する本格的な軍艦だったわけだ。
この北天のクラス分けならば、立派な戦艦である。
「それは...また、」
「ま、お前に言われんでも分かってるよ。分相応ということだが、夢を見てはならないということもなかろう?」
「ええ、確かに。で、その船の船長は?」
「周の小倅で...たしか、公欣といったか。まあ、若いくせになかなかの切れ者とも...いずれは“蘇”王国の水軍を背負って立つと言われておるから、副長も気にかけておくとよいぞ」
2隻の快速船をながめながらの世間話だ。
輸入された軍艦のデビューとしては、インパクトとしては弱かったが、ハイフォン王国に与えた打撃力は十二分であった。敵船団は散り散りになって潰走し、設営艦隊は無事に投石器を組み上げたわけだ。
その砲台は海中から急浮上した、幽霊船の直撃を食らって木っ端みじんに吹き飛んだ。
むしろ、快速船の海戦デビューよりも、その衝撃のほうが北天水軍には大きなイベントになっただろう。
そして、それと日を同じくした頃。
“蜀”の南西部から無茶苦茶な方法で山越えを果たした、軍団が出現することになる。
地殻変動で、1万メートルに達していたり、または近年の大地震で山が崩れたりなどを繰り返している不毛地帯を“星落とし”で周囲を片っ端から吹き飛ばしている土木作業員が目撃されていた。
人里からも隔離された場所に住み着いている、亜人族と戦争へ発展する事態へ。
世界の事象を伝える“冒険者ギルド通信”でも、人がいない地域の戦争までは関知しない。
結果、ひとつの国多数の部族を死滅させて、北天七王国がひとつ蜀は、カシミール地域の占領を宣言した。