-547話 ハイフォン防衛線 ⑨-
ハイフォン王国の軍港は、王都よりも少し南下にある。
人工島“ニシン・パイ”砦という擬装都市だ。
もともとは、岩場だけの無人島だったが、魔法士との協力で建設された人工の海上都市ということになる。
軍属の市民として、約3万人が居住している。
錨泊している船は、300~600トン級の中、大型船がある。
小型の軍艦も漁船のような擬装を施して、周囲を警戒していると言うものだ。
その小型船は、拿捕されても言い逃れる為に魚を採って、船内で捌いて加工する機能も有しているという力の入れようだ。
弟王曰く『騙すなら、とことん騙せ、騙し通して確信を鈍らせろ』と残している。
とは言え、別に死んだわけではない。
国防大臣や、内務大臣などの説得に応じて今、魔王軍の補給港に身を寄せていた。
場所は、ハイフォンからさらに南の島々にある。
“パラワン島”のどこかだ。
さて、人工島“ニシン・パイ”砦から進発した大型漁船群は、南シナ海を目指して南下する。
かつて南沙諸島と呼ばれた地域で漁を開始して、しばらく上空の監視者の動向を探ってみた。
「パプリカ先生まで乗船してたんですか?」
青い顔のナスビみたいなのが船の縁に、もたれかかっている。
彼女は、地上でも船酔いめいた感覚に成ることがあった。
青い顔、涙目、鼻水、涎を垂らしながら“自分は戦士だから、もっとしっかりしないと”と、気を奮い立たせて挑んできた。しかし、もう何年か前にはその頑張りも効かなくなってきたことを感じている。
本人は齢22歳のお年頃を棚に上げて“年齢には敵いませんよね”という。
知人のマル曰く“体調が崩れてると、どんなに丈夫な魔物、魔獣でも自分の動きで酔うって話だよ”と、諭したが聞く耳を持っていない。
兎に角、私はもう若くないんだとアピールする物臭である。
「ちょっと吐きます....」
声に成らない擬音が手摺の向こう側へ吐き出されている。
もう腹の中には、何も残っていない状況だ。
「酸っぱい匂い」
「ごめんなさい、ごめんなさい...ご迷惑かけてます、ごめんなさい」
謝りながら、海へ魚のエサを放出している。
今朝は、焼き立てのパンを2枚食して、チーズとベーコンをそれぞれ食べている。
たぶん消化していると思うけど、胃からこみ上げた何かは虹の彼方に消えた。
「こんな先生、役に立たないと思いますよ~」
魔法士が船員の誰かに、とれたてのワカメか昆布のようにヨレヨレになっている、パプリカを医務室に放り込むよう要請している。ナスビの煮びたしみたいになった彼女は、船員に担がれると船室のどこかに押し込まれた。
「だれが何の目的で乗せたんだろう?」
と、魔法士は呟いている。
◆
「海上に回せる魔法士は居ないだと?!」
サザエのような巻貝に向かって、怒鳴っている将校がある。
この場の現場監督という、任務を請け負っている兵だ。
台船は次々と組み合わせられて、数時間で大きな一枚板へと変化していく。
これの平行した二辺に、大型船を横付けして波除としている。
「まあ、海上だから多少の揺れは目を瞑るとしてだ...これで、本当にやる気かよ?」
やる気かと言うのは、プロジェクトの内容だ。
「とりあえず作る...今は、それだけを考えろ」
台船の上から図面を一瞥する技師は、空を仰ぎ見ている。
上下に軽く揺れる船の上で見上げる空は、雲一つない晴天だった。
「箒に跨り過ぎて尻の穴から、血が出たものが続出しているという...ったく、いざって時に役に立たない連中だ! 日頃から鍛えて居ればこんな時も困らなくて済むと言うものを!!!」
現場監督は、持っていた巻貝を上甲板に叩きつけた。
巻貝は、通信用のマジックアイテムだ。
希少ではないが、わりと高価である。
「もう、海に堕ちたら減俸物ですよ?!」
「知るか!」
「いや、それと...尻穴ってどうやって鍛えるものですか?」
周りに居た兵や技術士官からも、薄々答えを知っていても――まさか――と、思っている。
敢えて口に出さないでいただけだが。
「そりゃあ決まってるだろ! 先ずは、スライムジェルを尻の穴に馴染むよう塗り込んでだな、麺棒の太さを変えながら、徐々に太さを...」
「うわあああああ!!」
「な、なんだ?!」
「そんな想像しちゃうような説明要らないですよ!!」
と、部下たちは耳を両手で塞いでいる。
海に向かって大声で叫んでいる者もいたほどだ。
「尻穴の筋肉を十分にほぐせば、如何なる難敵に遭遇しても柔軟にだな」
将帥の前から、人が居なくなるという現象が起きた。
A班の進展はその日、進むことはなく丸1日無駄にいや、無為に時間が流れ4基設営されるべき兵器は結果的にだが、砲撃初日には2基しかなかったという。その半日後に3基となったが、4基が揃うことは無かった。
◆
砲撃初日――沖合に船影が確認されてから6日後の頃。
日の出と共に“遠見の塔”を起点に、港湾施設の桟橋が飛翔した投石によって粉砕された。
朝が早すぎたこともあって、死者、傷者ともに軽微。
港湾管理官と警備兵の数名が犠牲になったという。
「海上から投石だと?!」
叩き起こされた兄王は、王城の城壁から港を見る――いや、そこから全体が見える訳ではない。条件反射的にその方角へ、身を乗り出すパフォーマンスを行ったのである。
「強襲が間に合わなかったようですな」
と、魔法使いは小指の先で眉尻をなぞっていた。




